m1430 鼓動哲学


過去から現在、そして未来と己の人生を鼓動という側面かな分析展開していく事がいかに大事であるかは、
きっとある程度年齢を重ねれば解るかと思います。
私の提唱する鼓動哲学とは、一人一人が其々の生き様としての哲学であって欲しい、
其々が己の哲学を持つべきだと主張します。

m1429 高校三年生


母親の匂いと違う為か、孫は小さな手足をばたつかせ、ありったけの声で泣いておりました。
耳元でお爺ちゃんだから怖がらなくて良いよ、と語りかけゆっくり湯につかりました。
驚いた事に孫の鼓動は私の鼓動より大きな響きで激しく打っておりました。
鼓動を重ね、しみじみこの鼓動は私の鼓動がここまで引き継がれて来たのだ、と思わず喜びで涙が出ました。
子供の有難さをしみじみ感じさせられました。そしてその孫は高校三年生。
もしかして私が生きてる間に、せめてひ孫の鼓動を抱きしめたい、このような楽しい夢を見ております。
神様がいるなら最後のお願いだから、私にひ孫を抱かせて欲しい、日々願っています。
今何の為に生きているのか、これから先何のために生きるのか、
鼓動という側面から己の生きる道しるべ、鼓動哲学、自分なりのたった一人の鼓動哲学があっても良いのではないだろうか。

m1428 自鼓


やれやれと思っていると定年で放り出され、さて何をしたらいいものか戸惑う場合が多い。
自分の思った通りに人生を歩むという事は、二十歳前後にそれなりの方向性を見つける必要がある。
このコーナーでは己の鼓動、自鼓について今一つ真摯に問いかけてみようではないか。
そう、親からもらった己の鼓動、いずれ止まる宿命を背負っています。
昨夜来 一分たりとも休むことなくポコンポコンと何んのため、これから先、何んのため・・
全ての人々が境遇は違うかも知れませんが一人一人鼓動に対する哲学が必要です。
恋人がいてこれから結婚する人なら結婚と鼓動、或いは子供に対する考え方の鼓動哲学があっても良いと思います。
50代の人ならば孫の事も想定した鼓動哲学が必要でしょ。
70代なら孫と家族、先祖と子供に対する考え方の哲学があっても良いのではないだろうか
私は初めて孫が出来た時、孫を抱いてお風呂に入りました。

m1427 司法試験


聞いた話ではあるが、ある男が弁護士になるのだと言って司法試験を受けたそうだ。
20回を数えても合格出来なかったそうである。
年も50を過ぎて奥さんが子供達の教育資金もままならないので、諦めて欲しいと懇願。
男は挑戦する事に意義がある、と女房を一括、70歳過ぎて亡くなるまで合格出来なかったそうだ。
何のための人生だったのか・・
立派な風貌と弁も立つ、他の事をやっていれば素晴らしい人格者に成っていただろうに、と笑い話になってしまった。
若い内に己の脳質を少しでも検討すればよかったのに。
私は脳学者ではない、個人的な勝手な脳内酵母論、信じるか否かは個々に任せる。
自分なりにどのように舵を取るかによってその結果に幸せが感じられるのではないだろうか。
ここで自分なりに思った通りに生きる事がなかなか難しい。
人は産声を上げ、無の状況からいろいろ見聞きをし、脳内に知識を蓄えていく。
そして二十歳までは親の庇護の下に生きる事になる。
その後伴侶を見つけ、子供が出来マイホームを構えて三十歳前後に子供が誕生したとすれば、
子育てをしている間に五十歳に成ってしまう。

m1426 養子縁組

 
例えばある親が生年月日も同じ男の子A君B君を赤ん坊の時から養子縁組をして育てたとしよう。
ある程度大きくなってA君とB君に同じテーマを実践させたとしよう。
同じレベルに達するのにA君は 芸術系では1年、B君は2年を要する。
ところが理系のテーマだとB君は1年でクリアするがA君は2年を要する。
同じ脳内酵母でもA君の場合は脳みそ、いわゆる脳の畑、脳質が芸術系脳内酵母増殖が早かったという事である。
同様にB君の場合は脳内畑の脳質がいわゆる理系の脳内酵母が増殖しやすい脳質であったという事になる。
食べ物や躾、教育や環境が同じでも違いが出てくる。
このように脳の脳内酵母、或いは農の畑、脳質の問題が理解出来るかと思う。
この場合A君とB君の親や先祖など調べていくと、そこには必ず其々芸術系に強い人、理系に強い人がいたりするものである。
そういう意味で己を悟る事は、この脳内酵母の種類や己の脳畑いわゆる脳質を自分なりに理解し、
人生設計をすると結構うまくいくのではないかというのが私の脳内酵母論である。