c1016 画像

画像

発電車
(ちなみに、徳島の読者より、我が県に電車が無い、沖縄にはモノレールがあるではないか、との指摘をうけた。ひかるが上京時、モノレールはなかった)

c1015 自動ドア


昭和38年4月、1週間も船に揺られ上京。
沖縄は全国で、唯一電車のない県ですが、島には、車や耕運機すらなく、電車という乗り物は、初めての体験。
けたたましく責め立てるベルに、前の人に連られ、急いで乗り込みました。
すると、あまりにもタイミング良く、待っていたかのように、ゴロゴロ、とドアが背後で閉まったのです。
生まれて初めて見る自動ドア。
好奇心旺盛な少年は、ドアに目が付いているはずだ・・
ドアの目がどこに付いているのか、と探しておりました。
次の瞬間、電車は走り出したのです。
自然の息吹と共に、伸び伸びと育った、少年の初めての電車。

c1014 生き別れ


今更、船から飛び降り、戻るわけにはいかない・・
戻れない・・
親子の全てを断ち切った!
木の葉のような橋渡船の父に、最後の別れを一言。
「許してくれ! 息子は亡き者と、諦めてくれ・・!」
心底絞り出す言葉は、声になりません。
千切れんばかりに手を振り、今後の無事を、ひたすら願うしかありませんでした。
船は、全ての未練を断ち切り、一路北へ・・・
この船の進む先に、ロマンがある・・
そして、テレビがある・・
過酷な試練が、刻々と近づいているのも露知らず・・
ひかるは、帆先へ立ち、目を大きく見開き、未来を見つめるだけでした。
(これから先、ひかるはテレビ界で縦横無尽に活躍、結果的に、両親の死水は取れなかった)

c1012 蛍の光


妹は棒切れを突いて、ピコタン,ピコタン追いかけ、「兄ちゃん、行かないで・・」と泣きじゃくる。
「兄ちゃん、必ず帰るから」と諭し、心を鬼にする。
年老いた両親と、体の不自由な妹を島に残し、旅立つ息子は、親不幸なのだろうか・
10歳の遊び盛りに、足の不自由な妹の遊び相手は、誰がするのだろうか・・
いつまでも、いつまでも、元気に暮らして欲しい・・・
夕陽は周り一面を真っ赤に染め、西の海へ深々と物悲しく沈んでいきます。
なびく髪、風さえも赤く染められ、心に滲み渡る蛍の光。
大海原に落とす夕陽の涙は、今生の別れを惜しんでいるのだろうか・・
無常にも二度目の汽笛は、空と海へ途切れ、鳴り渡るドラの音に、一段と激しく身を揺するエンジン。
溢れる涙に、視界はこぼれ落ちて行きます。
未練の糸なのだろうか、夕日に赤く染まった海面に尾を引く、白い航跡。
橋渡船の父と、本船の少年は、縋る甲斐なく引き離され、大きな人生の別れをするのでした。
この先、妹は兄の帰りを待ち切れなかった。
東京がどんなに厳しい戦場なのかつゆ知らず、松葉杖を突いて着の身着のまま上京。
地を這う生活苦の中、独学にて縫製国家試験特級を取得、東京都の身障者教育に身を捧げる事になる。

c1011 拗ね顔


杯を交わす時、父は決して、目を合わせまい、としていました。
拗ねているように、視線を外し、何かを必死で耐えている様子。
多分、視線が合えば、上京は取りやめなさい、と、口から出るのを耐えていたのでしょう。
両親にとって、一番辛い時だったのかもしれません。
少年は、心から寂しがる両親の横顔を見せつけられ、白髪の様子や、禿げ具合、シワの数までしっかりと瞼に焼き付け、刻々と迫る別れが辛く、この世で一番長い夜を過ごしました。
石垣島の港は遠浅のため、沖縄本島行きの大型船が港に入れません。
7、8隻の橋渡船が、沖の本船まで荷物や人を運び、最後に見送り人を運びます。
本船は、一度目の汽笛でゆっくりと走り出し、見送り船は、別れを惜しむかのように、周りを追走。
覚悟の上とはいえ、親との生き別れは、これが最後で、2度と会う事が出来ないのかと思うと、あまりにも切なく、身を引き裂かれる程辛いものがあります。

c1010 一家離散


経済的、精神的にもまだ暗いトンネルの中、上京は、誰が考えても無理な相談。
心の内を父に相談すると、「自分の思った通りやればいい・・」と一言。
しかし周りは大反対、年老いた両親と、足の悪い妹を島に残し、なんで東京に出るんだ!
せめて、沖縄本島位にしたらどうだ・・
無口な父は、ただ黙っているだけ・・
人間は、一度不幸のどん底に落ちると後がなく、怖いものがなくなるのだろうか・・
これから先、一家は離散、それぞれの幸せをコツコツと築き上げて行ったのです。
空路が開かれた今では想像出来ませんが、当時、上京するには、黒島から朝一便の船で石垣島まで行き、夕方、石垣を出港し、翌日の昼頃那覇港着、夕方那覇港を出、東京の晴海埠頭まで、3泊4日、便数も週2便しかなく更にパスポート持参での上京。
もし、危篤の知らせがあったとしても、帰郷するには最低一週間は必要。
ニキビだらけのあどけない顔の少年ながら、決して死に水は取れないだろうと、覚悟しました。
両親を前に、生き別れの杯を交わさせてくれと頼み、別れの杯を交わしての旅立ちとなりました。

c1009 隔離状態


島では見た事も、聞いた事もない、初めての発病。小児マヒに関する知識がなく、周りの子供達に伝染するのではないかと見られ、精神的には、完全に隔離状態。
母は、物の怪に取り憑かれたように、祈祷師を回り、西の方角にある木が災いしている、と聞けば必死で切り押す。
父は、直さなければ、手術をしなければ、金を作らなければ、と毎晩、財布を広げ、わずかばかりの、増えもしない金を数えるばかり。
米国の統治下、勿論、保険制度もなく、手術や渡航滞在費など、細々と暮らす一家にとって、とてつもない費用。
遊び疲れたのだろうか、妹は膝に抱かれ、小さな寝息、ランプの薄灯かりに映し出される、疲れ切った父の横顔は、藁をもつかむ眼差し。
普段ですら無口な父は、更に無口になって行きました。
11歳の多感な少年は、この大きな試練に、家族が押しつぶされるのではないかと不安になり、子供心にも明るく振る舞う。
無邪気な妹の遊び相手をするよう、心掛けたのでした。
そのうち小児マヒが、伝染病でない事が分かり、明るさを取り戻して行ったのです。
10年後の昭和38年、ひかるは、高校卒業と同時に、東京へ出、魔法の箱、テレビを解明しようと、決心。

c1008 小児麻痺


ひかる11歳、妹が3歳の、昭和29年夏。
父は、漁へ出かけ、母は野良仕事、やっと走りまわれるようになった、妹の遊び相手をしていると、元気がなくなり、そのうちグッタリ倒れてしまいました。
急いで、母を呼び戻した頃には、泣き声一つ出す力さえなく、痙攣の合間に、断続的にひきつけを起こす程の異常な高熱。
40度以上の高熱が続いているのだろうか。
火照った体は、風呂上がり状で、体内はそれ以上の高温でしょう。
解熱剤なるもの、薬と呼べるものは何一つなく、助けを求めるにも近所には、誰一人いません。
母は、知恵熱やカゼ、普通の発熱でない事を咄嗟に感じ取っていたのでしょう。
取り乱し、「助けて欲しい!」 と叫ぶ、その只事でない形相に、命に危険が迫っている事が感じられます。
次々と他界した子供達の事が、脳裏をよぎっているのだろうか。
脈をとったまま、水!、水をくれ、との催促に、冷たい井戸水を汲み続けました。
母は、無我夢中で冷やし続け、その甲斐あったのか、数時間続いた引き付けは、徐々に治まって行きましたが、あまりにも高熱が続いたせいなのか、後遺症が残り、片方の足が完全に、マイしてしまいました。
小児マヒ、にかかったのです。
この嵐のような出来事が、これから先、一家に試練を背負わせる事となったのです。

c1007 3文字


情報の全くなかった島、電波など考えられなかった島で育った少年には、そんな望遠鏡が有るはずがない!
魔法使いにでも、出来ないはずだ、と思えるのでした。しかし、何度読み返しても、5コマ漫画は同じ答えしか出してくれません。
以後、テレビの3文字は、少年の脳裏に焼き付けられたのです。
どうしても、映画が観たい・・
この映画が、家に居ながら観られる・・
だったら、テレビを勉強してみたい・・
何時の間にか、ひかるは、5コマ漫画の世界へ夢を膨らませ、魔法の箱解明に人生を賭けてみたい、と行動を起こすのでした。

c1006 映画のシーン


小学校高学年の頃には、島の貧しい生活に見切りを付け、石垣島や沖縄本島へと引っ越す家が多くなり複式学級制へと移行していきます。
5 挑戦!TV界
そんな中でも、子供達にとって、1番の楽しみは、夏休みや冬休みに、15キロ離れた石垣島へ渡り、映画を見る事でした。
しかし少年の家は、特に貧しく、石垣島へ渡る船賃や映画代など、とても考えられず、その日暮しの状況。
子供同士で、映画のシーンや仕草の真似をしながら遊ぶ時が、一番悔しく、どうしても仲間に入っていけません。
一度で良いから、映画が観たい・・・
お願いだから、映画を観せて欲しい・・・
きっと来年は映画を観せてもらえる、と懸命に畑仕事を手伝う。
待ちに待った夏休み、しかし夏休みは、日1日と過ぎ、夢は空しく消えて行きます。
必ず、正月には観せる、と父が約束。
なお一層小さな体で、両親を手伝いましたが、それでも夢は叶えられませんでした。
約束を守って欲しい・・・と無理に言い出せません。
親が一番辛いのは、子供心にも分かっています。
中学2年生の時でした・・・
マンガ本の片隅に、5コマ漫画で、コタツに入りながら映画が観られる。
「これがテレビだ」と書いてありました。
目を疑い、もう一度読み直しましたが、何度読んでも、同じ答え。
家に居ながら映画が観られる?
本当にそのような事が出来るのだろうか?
映画館の無い島、焼玉式エンジンのポンポン船で行き来する、別の島で上映される映画が、この家で観られるはずがない・・

c1005 挑戦!TV界


昭和18年8月、八重山地区の黒島に、ひかる誕生。
出産設備や病院のない島で、生まれた子供が次々と3人も他界した後、3歳違いの長女に続く男子、ひかる誕生で、両親の喜びはひとしお、八年後、母43歳で妹が誕生します。
妹は高齢出産の子、特別可愛がられ、幸せな五人家族でした。
小さな島には電気はなく、勿論、水道もありません。
情報と呼べるものは、特にありません。
飲み水は雨水を瓶に溜め、大事に飲みます。
ボウフラが湧き、瓶の首をコント叩き、潜った瞬間、すくって飲む、ボウフラとの協同生活。
ランプのホヤを拭くのは、大人の手が入らないので、子供の仕事と言われ、何の抵抗もなく、毎日拭かされ、何度かホヤを割り、叱られて育ちました。
サンゴ礁で出来た島では、岩だらけの合間に点在する、猫の額程の畑を耕し、家庭菜園に毛が生えたような自給自足の生活。

c1004 貴重な財産


またこの地区は郷土芸能の宝庫とも言われ、マタハーリヌ、チンダラカヌシャマヨー、と歌われる。
沖縄県を代表する、安里屋ユンタ等、数多くの民謡や踊りを生み、方言や風習など、貴重な財産として引き継がれ、サンゴの種類や規模の大きさ等でも、世界屈指の群棲地として注目の的となっています。
現在、テレビは全国の家庭に入り込み、生活の一部となっている事は言うまでもありません。
信じがたい事ですが、この地区は、5万人もの人口を有するにも関わらず、平成5年末迄、NHK以外の民放テレビの電波が、届きませんでした。
現在でも民放は、二つのチャンネルしか映りません。
沖縄本島との間に中継局が作れず、テレビの最後の未開地である。
45年前、この地区の周囲12キロ、人口二百数十人という小さな島から、ひかる少年がテレビにロマンを求め、風呂敷包とパスポートを携え、旅立ちました。
さて、どんな人生になるのでしょうか・・・

c1003 TV少年、南の島から東京へ


知床半島や釧路湿原など、日本でも、世界遺産に登録されているところはあるが、まず一番目に、この西表島が、自然世界遺産に登録されるべきではなかっただろうか。
国連環境問題等で、環境大臣が、世界に誇れる、ネコ科の原種が日本に生息している事をアピールすれば、絶賛されるのではないだろうか。
隣りの石垣島は、沖縄県最高峰の於茂登岳、526メートルが有り、この地区の人口4万6000人の内、4万2000人、90%以上の人口が集中。
台風情報を一番先に捉える、日本南端の石垣島気象台で知られ、空港拡張では、サンゴ礁破壊問題を抱えています。
南の島々は空から見下ろすと、すべてサンゴ礁で縁どられ、そこへ打ち寄せるさざ波は、白くリング状に取り巻く。
鮮やかなコバルトブルーから、濃いネイビーブルーへと変化。
まばゆい紺碧、膨大な絵の具を流し込んだのではないか、とさえ思われる風光明媚な大自然が豊富に残されています。

c1002 埋蔵石油


60年を過ぎた今、やっと沖縄も少しは注目されるようになって来たのである。
沖縄本島より450キロ南、県2番目に大きな西表島、3番目に大きな石垣島を中心とした、19の島々からなる、八重山地区は、日本最南端、波照間島、および最西端、与那国島を有する、日本の最南西地区。
また、今は無人島ですが、以前はカツオ漁が盛んに行われた魚釣り島もこの地区にあり、海底にはかなりの石油が埋蔵されているとの、調査結果があり、中国、台湾も帰属を主張し、国際的にも関心が寄せられています。
西表島は起伏に富んだ山だらけ、人口二千人の島で、周囲75キロの90%以上が、マングローブや亜熱帯の原生林に覆われ、東洋のアマゾンと呼ばれる生まれたままの自然が残された日本最後の秘境の島である。
またこの島には、天然記念物の西表ヤマネコが生息。
この猫は、中国大陸と日本が陸続きだった大昔、この島の山に取り残され、そのまま生息しているという。
ヒョウ、ピューマ、チーターなどネコ科の原種だという。
中国のパンダは世界的にも有名だが、それよりも貴重な動物が日本にも生息中という事である。

c1001 TV少年、南の島から東京へ


沖縄県は、120もの島々で構成され、第二次世界大戦最後の上陸作戦、激戦地となり、戦後は昭和47年まで米国が統治し、復帰後の今なお、敗戦の傷跡を多く残しています。
本土は原爆で一瞬だったが、沖縄は上陸掃討作戦、戦車と火炎砲で横一列に焼き尽くしていく。壕に住民が潜んでいたとしても、焼き尽くす。
軍人が混じっているので、やむを得ないといえばやむを得ないだろう。
極度に鬼畜と教え込まれた敵兵が目前、恐怖の中から捕虜として集められ、住民は生き延びてきたのである。
焦土と化した広大な土地に、米軍は極東を睨んだ巨大な基地を作った。
残された猫の額程の、親兄弟の血のしみこんだ土地を耕すしかなかった。
食糧難、沖縄の人たちは米軍に物乞いの如く、縋りついて生きるしかなかった。
そして戦後は米国統治のままである。
沖縄から見ると本土は自分達の繁栄、復興に必死で、沖縄は見放された状態に映る。
親が自分の身を守る為に子ども切り捨てたという怒り、感情が渦巻く。
戦前から植え付けられた反米感情をはるかに上回る、今度は反日感情が積み重なっていったのである。

m1450 面白エッセイ、ズッコケ通信~


途中からご覧の方もあるかと思います。
大好評で、再度ナンバー1番より送信いたします。
未成年、学生でも結構、あくまでも、健全サイトを貫きます。
よろしかったら、友人等お薦め下さい。
元気が出るブログ、ビュワー数、一千万を突破しています。

m1449 命を張れ!


人生の 喜怒哀楽に ロマンあり!
諸人よ! 思い残すな 明日は華。
貴方には 誰にも盗られない 知恵がある。
貴方には 誰にも止められない 鼓動がある。
これしかない!
己の人生ドラマ ロマンを持て!
そして、
 命を張れ!
 命を張れ!

m1448 GPS


農業についても大きな変化が見られると思います。
例えば長野で玉ねぎを生産したとしましょう。
東京のマルエツに1トンの玉ねぎを納入する場合、畑から夕方トラックに乗せてマルエツへ自動運転で送り出します。
夜中高速道路を通って明け方3時にマルエツの駐車場へ到着。その荷物を確認し降ろして5時にはその車を返します。
道路が混雑する前に都心を抜ければ当然農家の駐車場にその車は着く。
そのように物流に大きな変化が出てくるという事です。
当然そこには GPS の位置情報、或いは電波を使ったメールや電話等による連絡網が自在に出来る。
時代の流れを読む、これも重要な事ではないだろうか。
日本は島の多い国で、島部では港の送り迎えや観光等、車が少ない為、自動運転車はGPSという空間を使った次世代産業の発展モデル地区として急速な変化が予測されます。
近い将来、GPS電動車椅子が有望視される。
連続走行50キロ前後で、自宅のソーラーで充電、近郊の買い物や病院等、高齢者でも自動運転方式が目前でしょう。
若い人は時代を読む訓練も大事でしょう。

m1447 観光ポイント


翌日もその車で登録された観光ポイントを自在に回って駅で車を乗り捨てると車は民宿の駐車場へ自動的に戻ります。
観光産業が飛躍的に伸びて来るでしょう。
別荘を構えていた人達が果たして別荘が必要なのだろうか、全国の民宿や旅館を利用する事によってもっともっと観光が楽しくなるのではないだろうか
今後高齢化が進み70代80代の人でもペーパードライバーでも車が自由に利用出来るという事。若ければ自動運転のキャンピングカーを買いな・・
自動運転の車を一家で所有していれば、主人の駅までの送り迎え、奥さんのパートへの送り迎え、爺ちゃん婆ちゃんの病院や郵便局、買い物なども車を自由に使えます。
場合によっては子供の学校の送り迎えも車が自動的にするでしょう。
過疎地での年寄りの買い物の足が問題になっていますが、そういう問題も全てクリアされる事になるでしょう。
レンタカー事業やタクシー産業にも余程の知恵を絞らない限り存続出来なくなる可能性もあるのではないか。
タクシーは従来のように流すのではなくスマホの位置情報で近くのタクシー会社へつながり自動的にタクシーを呼ぶというスタイルでなんとかクリア出来ます。
レンタカーについては,民宿やホテルが進出して来る為、余程知恵を絞らないと存続が難しくなるのではないだろうか

m1446 四機体制


これから5年先とんでもない激変が予測されます。果たして皆さんはお気づきでしょうか。
テレビや携帯が世の中に大きなインパクトを与えましたが、原因はと言うとこれは電波という空間を使う事です。
土地や建物は法律によって個人や企業の所有物です。
ところが電波は空間を使うため全ての土地やトイレの中まで入ってきます。
航空産業も同じで自分の土地の上を飛ぶなと言っても自由に飛びます。
近い将来激変が起きる、と言うのもやはり空間利用に関わります。
日本は現在GPS衛星を一機打ち上げており、年内にあと三機打ち上げ、四機体制が整います。
位置情報の精度が格段に上がるという事です。
既にテストは行われておりますが自動車や農業機械の完全自動化が出来るという事です。
3年後にはハンドルのない自動車が間違いなく発売されるでしょう。
農業機械も完全に自動化され24時間稼働させる事が出来るでしょう。
なぜそれが激変に繋がるかというと、例えば青森へ旅行した場合、民宿に自動運転車が導入されていれば新幹線の駅までこの車が迎えに来ています。
お客はその車に乗って観光ポイントを回って夕方民宿入りします。

m1445 土俵結婚論


また結婚当初は苦労しましたが夫婦の故郷が離れていた事は、今では最高の条件です。
東京に自宅があり南の小さな島に実家、別荘があります。
200人の島人は知人で、島ごと別荘のようなものです。
世界中を見ても男と女、結婚をし子供を育てるのは当然であり、当たり前だと思います。
お互い己の鼓動を引き継いで行く、この素晴らしさを多くの皆さんには一度考えて頂きたいなと思います。
鼓動哲学を展開する上で前にも記した通り、心の鏡であったり、脳内酵母論であったり、土俵結婚論であったり、
今まで聞いた事がないような論理も組み合わせ、己の人生を考えてみる必要があるのではないだろうか。
大事な事は時の流れを読む思考力だと思います。
テレビは50年前やっとカラー放送が始まりました。この50年間の激変ぶりは目を見張るものがあります。
テレビに遅れること5年、今度は航空産業が軌道に乗り出します。
さらに20年前今度は携帯電話が世に出てきます。
この3つの産業の発展ぶりは自動車が出現した同等の社会的な変化をもたらしました。
現在携帯やスマホは殆んどの人が持っており、この2次産業としてアマゾンや楽天等、通販産業の物流変化です。
テレビが出、たった50年で何万年も続いた人間社会に激変が起きた。

m1444 拒否感


親兄弟から言われると、先に拒否感が出る。上司から言われたのでしぶしぶ了解をしてお盆休みに故郷へ帰った。
報告があり、結婚を決意したとの事であった。
相手は寮母をし婚期を逃した。四十代なので子供は出来ないかも知れないが、二人で結婚生活をするとの事だった。
暫らくして女房と二人の貯金を合わせ、五千万の土地付き一軒家を現金で買ったと言う。
当時としては大金である。
ひたるはローンで苦しんでいると言うのに、俺の上手を行くのか、と冗談交じりに怒ってやった。
定年後、先日、Y君が会いたいとの事だったので会った。
自分は片方の耳が聞こえない、肝臓を患い病院通いだと言う。
しかし女房が炊事洗濯病院の付き添い等、食べ物もちゃんと医者の言いつけを守って作ってくれると言う。
あの時、結婚の決意を促してくれたおかげで、今自分が生きていられる。
結婚をしていなかったら、とっくにあの世へ行っていたであろう。
涙を流して喜ぶ姿に思わず貰い泣きをして抱き合った。
七十歳近い男の老人が二人、涙を流して抱き合う姿、周りからは異様な光景に見えたのではないだろうか。
皆さん結婚は素晴らしい、是非伴侶を見つけて欲しい、と言うのが私の願いである。

m1443 川の字


確かに土俵の上では睨み合いや突っ張り等、夫婦生活の中では結構バトルもあるかとは思います。
結婚生活そのものが一つの土俵であるという土俵論をしっかり持っていれば多少の事があっても土俵は保たれると思います。
親子川の字で寝ると言う例えもありますが、場合によっては川の字の片方が逆さまになったり、そういう事も起こり得るかも知れません。
土俵からはみ出したとしても夫婦は同じ土俵で生きていく事を話し合うのも大事な事である。
結婚は素晴らしいと言う例を挙げてみよう。
現役時代、部下で課長をさせていたY君が夏のお盆休みを取らずに仕事をすると言い出した。
年は48歳で福島の田舎へ帰ると、親兄弟が見合いを進めるので帰らないと言い出した。
ひかるは二日間ぶっ続けで説教をしてやった。
定年迄は仕事があるからいいが、それ以降は会社から放り出される。
年金を積立、これから第二の人生、楽しい人生が始まると言うのに君は一人でごちょごちょ料理を作り、洗濯をし、夜は一人で膝を抱いて寝るのか。
これからでも遅くない、私の言う通り結婚をしろ。

m1442 泥沼離婚劇


テレビでよく泥沼離婚劇が報じられる。
何を考えているのか、と言いたくなる。
結婚とは、育ちも境遇も違う者同士が、二人だけのルールの土俵を作るという事だ。
当然双方の親との事もあるので、更に土俵の外に大きな輪が出来る。
二人だけの土俵、子供が出来れば当然大きな土俵へと膨らむ事は事実である。
離婚劇というのは夫婦が描く土俵の形が、いびつになっているという事である。
二人で話し合い、丸い土俵に直せば良い事ではないか。
その努力をせず相手を罵るだけでは丸い土俵にはならない。
相撲はちょっとでも俵から出れば勝敗がつく。
夫婦の場合勇み足をしたとて、土俵を確認し維持していく確認が取れれば解決出来る。
よく性格が合わない、生活のすれ違い等と言うが、そんな事は結婚する前から分かっていたはずである。
丸い土俵を維持する努力を怠って罵る顔は見苦しいとしか言いようがない。

m1441 野菜サラダ


すると島のおじさんやおばさん達が私の女房を鬼嫁と呼んでいる。
東京から来た鬼嫁の顔が見たいから夜行くぞと言う。
何んで鬼嫁にされたのか理由を聞くと、両親が上京した際、女房は私が夜な夜な焼き鳥屋で酒を飲んでいる体の為にと一生懸命野菜サラダを作って食卓に出していたのだ。
その野菜サラダがなんと鬼嫁の原因だった。
島では暑い為、腐るのが早い。取り立ての魚の刺身は生で食べるが、他は大体火を通して食べる習慣がある。
女房が一生懸命体の事を考えて出した、あの野菜サラダなるものは見た事も食べた事もない食べ物だった。
島へ帰ると、東京の嫁はあれは鬼嫁だ、葉っぱを水でチョロチョロと洗ってそのまま、料理もせずに食卓へ出す。
親を何んと思っているのか。
うさぎじゃないんだから、生の葉っぱを食えとはあまりにも酷すぎる。
このままでは殺される、と急いで帰って来た、と言ったそうだ。
それで女房は鬼嫁という事になり、島中に伝わっていたのである。
夜、ひかるは必死で女房にだけは鬼嫁が耳に入らないよう冷や汗を流した。
習慣の違いと言うのは恐ろしい。

m1440 食器洗


呼び寄せた母親は、せめて食器洗いはさせてくれと言って、女房に一生懸命気を使う。
ところが水道を使った事がなく、ジャージャー流して洗う事は考えられない。
溜水で油ものの食器なども洗う。
女房がお願いだから、お母さんに食器洗いを止めさせてくれ、とてもじゃないが油がギトギトしていると言う。
下手をすると女房とのバトルへ展開する。
母に東京は水道料が基本料金で、いくら使っても料金は上がらない、流しぱなしでも問題ないと言って、何んとかバトルにならなかった。
共働きで子供達は学校、昼間隣近所に話し込む訳にもいかない。
退屈したのだろうか10日もすると島へ帰ると言い出した。
タイミング的にまだ早過ぎたかと考え、とりあえず島へ返した。
数年後女房を連れて島へ行った。

m1439 西向き


釣り合いが取れない、習慣が違うという面ではいくらでも書きたてられる。
ひかるの田舎では人が亡くなった場合、頭を西向きにする。太陽が沈む方向にするのだ。
女房は北向きだと言う、さて布団やベッドにしても西向きと北向き、我が家ではやってはいけない事になる。
お互い譲らなければ夫婦喧嘩に発展する。
それでは子供達にどう教えようかという事になるが、我が家ではお母さんが亡くなった時は北向き、
お父さんが亡くなった時は西向きにしろと言ってある。
孫達の教育は自分達で判断しろ、と。
ひかるは長男なので南の島に住む両親の面倒を見ようと考え、まず一ヶ月間東京で同居する事をテスト的に試みた。
広い庭を用意、農業で長年生活した両親に家庭菜園をさせれば何んとか成るだろうという事で呼び寄せた。
すると、生活環境の違いがモロに出てきた。
周囲が12キロの小さな島、井戸はあるが汲み上げると海水だ。
現在のようにポリ容器のない時代だから水は瓶に貯めて大事に使う。
それこそお金よりも一滴は貴重である。
水道が無いので食後の食器洗いも溜まり水で洗う。

m1438 交番


しかし結婚したい気持ちが先走りし、結婚式の事など全く考えていなかったのです。
急ぎ結婚式を挙げなければと考えるのですがまったく金がありません。
悩んだ末、交番へ駆け込みました。
まだ24歳で明らかに田舎っぺの顔、沖縄の顔つき。
式を挙げなければ結婚出来ない、深刻に結婚したいと言う悩みは、なんと奇跡が起きたのです。
お巡りさんが任せておけ、と引き受け、警察官の専用結婚式場になっている虎ノ門ホールを保証人となってキープしてくれたのです。
考えられない奇跡です。パスポートを見、親身になっての計らい事でした。
今でもお巡りさんを見る度に、ご苦労さん、ありがとうといつも手を合わせています。
私はいかような事があっても、手錠を嵌められるような人間にだけは絶対にならない、と心に決めております。
警察関係者がこのブログを見、当時の担当者をルール違反だから、と罰せないでくださいね、もう時効ですから。
パスポート結婚、当時は珍しい国際結婚だった。
結婚の相談を交番に持ち込んだのは、ひかるくらいのものかな・・

m1437 海面


透明度が良いためゴーグル等はかけず裸眼で、海面を叩くと魚が穴へ入る。
魚を素手で取り、生きたままむしゃむしゃ食べて育つ野性そのものの育ち方をしている。
ひかるの事を全く躾がなされていない島ザル、と呼び塩を撒かれたのも、誰が見ても頷ける状況である。
そんな中でひかるは結婚する。
そして十年間、実家との絶交を女房に言い付け、子供が出来、孫をかすがいに実家との付き合いを円滑にしていったのである。
昭和30年代から40年にかけて沖縄出身者の心はかなり荒んでいた。
パスポートや離島と言う経済的なハンディ、或いは孤独や孤立等が原因だったでしょう。
犯罪のニュースには沖縄の苗字が結構出てきたのである。
それが偏見となってアパートには沖縄出身者の入居お断りという看板が出ていた程である。
ひかるは結婚にもろに反対され、最後は「犬や猫がくっつく訳ではない、式くらい挙げたらどうか」という相手の言葉に了解が取れたと飛び上がらんばかりに喜んだ。

m1436 習慣


私の場合沖縄本島から450キロ南の小さな島で育ちました、女房は代々江戸っ子です。
合うの合わないのと言うと、性格や個性、習慣、全く合いません。
しかし月日が経てばお互いの欠点は分かり切っており、其々欠点を補い合う、あうんの呼吸というものが出来ます。
むしろ性格や個性が離れていた方が結婚生活は楽しいのではないかと思うくらいです。
つり合いが取れない、という言葉があるが私の場合は全く取れなかった。
女房の実家はあの時代劇に出てくる昔からの大棚である卸問屋であった。
女房の母は末娘として初の高等女学校出、勿論学校の送り迎えも用人が付く、習い事や躾などはかなり厳しく育っていたのである。
かたやひかるの母は学校も出ていないため、読み書きはできなかった。
ひかるは南の小さな島で子供の頃は、それこそ完璧なるフルチンで魚のように海を泳ぐ。

m1435 価値観


最初から結婚をしないと決め込んで生きて来た友人を数多く知っておりますが60代になって大きな分かれ道が出てきます。
経済的にも余裕が出来これから友人仲間と数多く付き合って人生楽しむという事になるのですが、ところがどっこいそう簡単には行きません。
周りの話題は子供や孫の話、嫁さんの悪口であったり亭主がどーのこーのであったり、病気の話題であったりほとんどが中に入っていけません。
結果的に同年代の人達と輪になって楽しむ、が人間性や価値観に大きな違いが出、孤立して行きます。
若い時には予測出来なかった事が目の前に出てきます。
ですから年寄りの言う事と聞き流さずに、人生の総仕上げ、出来れば結婚をするのが一番ベターではないかといいます。
結婚感についても、例えばイケメンである程度金持ち、ちょっと条件を付け過ぎではないだろうか。
若い時から金持ちと言うよりは、二人でゼロから築き上げる過程が一番楽しいのではないだろうか。
また結婚する場合性格が違う、と心配する向きがあると思いますが、個性が合わない者同士がお互い欠点をカバーし合う事でより素晴らしい家庭が出来ます。
勇気を持って一歩踏み出して欲しいと思います。

m1434 自慢気


出来れば85歳90歳まで生き延び、ひ孫の誕生、そして鼓動を重ね合い、己の鼓動がひ孫まで伝わっているんだと言う実感を感じたいのが一番の願いです。
最近テレビで結婚をしないとか或いは子供を作らない事を自慢気に話す人がおります。
私の考え方からすると鼓動を己の代で止めてしまう、本当に自殺に等しいのではないか、と残念でしょうがありません。
子供が出来ない場合はともかくとして、親から引き継いだ鼓動、己の代で止めてしまう。
あってはならない事だと思います。
確かに子供がいなければ金もかからず、贅沢も出来ます。
しかし年を経て己の鼓動がこの世に引き継がれていない事は、本当に寂しい事ではないでしょうか。
勤続中は大きな組織のパーツです。そこからが人生の総仕上げ。
結婚をする事によって相手の個性やものの考え方など多くを吸収していきます。
当然、相手の親からも多くの事を学び吸収していきます。
親が二人から4人になったのです。
さらに子育てをする中で、多くの事を学びとって行きます。
人はそうやって、深みのある人間性、広い心の人間性が培われて行きます。

m1433 卒業論文


若い人は学業と鼓動であったり、鼓動と結婚であったり、鼓動と家族、夫婦と鼓動、50代と鼓動、80代と鼓動、病と鼓動、田舎暮らしと鼓動、趣味であったり、何んでも結構でしょう。
一人何種類もの鼓動哲学があって良いのではないか。
ぜひ朝起きたら胸に手を当て、鼓動と対話してみましょう。
本当に昨日から一晩ぐっすり寝ていたのにこの鼓動は1分たりとも休むことなく動いていたのです。
何んの意味があるのかと問いたくなります。
学生なら卒業論文に鼓動哲学を記し、記念に10年後20年後紐解いてみるのも いいのではないだろうか。
前記に人生を物差し上で考えるべきだと書きましたが鼓動哲学を実践する上でこの物差しは重要な役割を果たします。
私の場合両親が80手前で他界しました。
たぶん私は80歳までは生きられるだろうと考えております。
現在74歳、あと6年後には鼓動が止まる計算になります。
私の人生は80センチの物差しで考えておりましたがもう6年先なんて言うのはあっと言う間に過ぎてしまいます。
人生最後の総仕上げ、悔いのないようにしたいのが今の段階です。

m1432 頭の隅


その後80まで生きたとしても20年間は果たして体が思ったように動くのか先の保証はありません。
そう考えてみると何をしなければならないのか、何の為にこの世に自分が生まれて来たのか、疑問が湧いてきます。
そんな中から一日でも無駄に出来ない、ワンカットの積み重ね、いわゆる鼓動哲学の原点を見出したのです。
あれから50数年、今74歳ですが自分ながらよくぞ己の鼓動と対話をし無駄のない日々を過ごして来たものだと感心しております。
これから世に出て活躍する若い人達に是非鼓動哲学、これを頭の隅に置いて自分の鼓動をどう使い切るか本気で考えて欲しい。
願いを込めて今回鼓動哲学を公表しました。
常に若かろうが年をとろうが鼓動という側面から己を見つめ、そして周りを見つめてワンカットワンカットの人生アルバムを積み重ねて欲しいと切に願うものです。
我々は普段哲学と言うと頭の問題、脳の事しか浮かんで来ませんが、その先には鼓動があります。
鼓動の上に脳があり、一輪の素晴らしい花が咲くのです。
鼓動が止まったらお終い、へったくれもありません。
だから原点を突き詰めた鼓動哲学が重要であると主張します。

m1431 緩和ケア


癌患者と鼓動哲学論をした事がある。
ややもすると癌の重圧に耐えかねていた。
朝晩鼓動と対話し、思った通りワンカットずつの積み重ね、残り少ない余命を全う出来る、と涙を流しました。
自由だの人権論だの色々ありますが、己にとっての大事な鼓動哲学論が欠けている。
体の不自由な人、元気な人、緩和ケアが必要な人、老若男女 鼓動哲学論が出て来る事を願うものである。
ひかるはテレビ業界に入った時、IT に関する知識が乏しく IT 最先端企業ではたしてやっていけるのか悩んだ時期がありました。
人は悩んだ時、何かにすがりたくなるものです。
何んとひかるがすがったのは歴史でした。
当時東大編纂所が出版した日本の歴史27巻を買い込み、無心になって古代から現代に至る迄、2度ほど読み返しました。
読み終えて得たものはたった一つ、己がこの世に生きている時間があまりにも短く、長い歴史の上から見れば一瞬に過ぎないのだなと言う事でした。
二十歳を過ぎ60までというと、あと40年しかありません。

m1430 鼓動哲学


過去から現在、そして未来と己の人生を鼓動という側面かな分析展開していく事がいかに大事であるかは、
きっとある程度年齢を重ねれば解るかと思います。
私の提唱する鼓動哲学とは、一人一人が其々の生き様としての哲学であって欲しい、
其々が己の哲学を持つべきだと主張します。

m1429 高校三年生


母親の匂いと違う為か、孫は小さな手足をばたつかせ、ありったけの声で泣いておりました。
耳元でお爺ちゃんだから怖がらなくて良いよ、と語りかけゆっくり湯につかりました。
驚いた事に孫の鼓動は私の鼓動より大きな響きで激しく打っておりました。
鼓動を重ね、しみじみこの鼓動は私の鼓動がここまで引き継がれて来たのだ、と思わず喜びで涙が出ました。
子供の有難さをしみじみ感じさせられました。そしてその孫は高校三年生。
もしかして私が生きてる間に、せめてひ孫の鼓動を抱きしめたい、このような楽しい夢を見ております。
神様がいるなら最後のお願いだから、私にひ孫を抱かせて欲しい、日々願っています。
今何の為に生きているのか、これから先何のために生きるのか、
鼓動という側面から己の生きる道しるべ、鼓動哲学、自分なりのたった一人の鼓動哲学があっても良いのではないだろうか。

m1428 自鼓


やれやれと思っていると定年で放り出され、さて何をしたらいいものか戸惑う場合が多い。
自分の思った通りに人生を歩むという事は、二十歳前後にそれなりの方向性を見つける必要がある。
このコーナーでは己の鼓動、自鼓について今一つ真摯に問いかけてみようではないか。
そう、親からもらった己の鼓動、いずれ止まる宿命を背負っています。
昨夜来 一分たりとも休むことなくポコンポコンと何んのため、これから先、何んのため・・
全ての人々が境遇は違うかも知れませんが一人一人鼓動に対する哲学が必要です。
恋人がいてこれから結婚する人なら結婚と鼓動、或いは子供に対する考え方の鼓動哲学があっても良いと思います。
50代の人ならば孫の事も想定した鼓動哲学が必要でしょ。
70代なら孫と家族、先祖と子供に対する考え方の哲学があっても良いのではないだろうか
私は初めて孫が出来た時、孫を抱いてお風呂に入りました。

m1427 司法試験


聞いた話ではあるが、ある男が弁護士になるのだと言って司法試験を受けたそうだ。
20回を数えても合格出来なかったそうである。
年も50を過ぎて奥さんが子供達の教育資金もままならないので、諦めて欲しいと懇願。
男は挑戦する事に意義がある、と女房を一括、70歳過ぎて亡くなるまで合格出来なかったそうだ。
何のための人生だったのか・・
立派な風貌と弁も立つ、他の事をやっていれば素晴らしい人格者に成っていただろうに、と笑い話になってしまった。
若い内に己の脳質を少しでも検討すればよかったのに。
私は脳学者ではない、個人的な勝手な脳内酵母論、信じるか否かは個々に任せる。
自分なりにどのように舵を取るかによってその結果に幸せが感じられるのではないだろうか。
ここで自分なりに思った通りに生きる事がなかなか難しい。
人は産声を上げ、無の状況からいろいろ見聞きをし、脳内に知識を蓄えていく。
そして二十歳までは親の庇護の下に生きる事になる。
その後伴侶を見つけ、子供が出来マイホームを構えて三十歳前後に子供が誕生したとすれば、
子育てをしている間に五十歳に成ってしまう。

m1426 養子縁組

 
例えばある親が生年月日も同じ男の子A君B君を赤ん坊の時から養子縁組をして育てたとしよう。
ある程度大きくなってA君とB君に同じテーマを実践させたとしよう。
同じレベルに達するのにA君は 芸術系では1年、B君は2年を要する。
ところが理系のテーマだとB君は1年でクリアするがA君は2年を要する。
同じ脳内酵母でもA君の場合は脳みそ、いわゆる脳の畑、脳質が芸術系脳内酵母増殖が早かったという事である。
同様にB君の場合は脳内畑の脳質がいわゆる理系の脳内酵母が増殖しやすい脳質であったという事になる。
食べ物や躾、教育や環境が同じでも違いが出てくる。
このように脳の脳内酵母、或いは農の畑、脳質の問題が理解出来るかと思う。
この場合A君とB君の親や先祖など調べていくと、そこには必ず其々芸術系に強い人、理系に強い人がいたりするものである。
そういう意味で己を悟る事は、この脳内酵母の種類や己の脳畑いわゆる脳質を自分なりに理解し、
人生設計をすると結構うまくいくのではないかというのが私の脳内酵母論である。

m1425 最先端企業


私は中学を卒業するまでランプで育ちました。
高校は理系に進みたかったのですが、八重山地区には理系は無く商業科しかない為、
簿記そろばんを勉強せざるを得ませんでした。
その後人生をやり直すべく東京へ出、理系の専門学校へ通いテレビ局へ入ります。
当時のテレビ局は IT の最先端企業です。
夜間の専門学校で2年間理系の勉強をしたからとて、とてもテレビ業界は務まるような所ではない、と悩みました。
しかしよくよく考えると父は南の小さな島で手先が器用で、お土産物など小物を内職として夜な夜な作っておりました。
いわゆる物作りの得意な父だった事を思い出し、私にも物作りという点ではたぶん大丈夫ではないだろうかと考えました。
そこからテレビの番組作り、物作りに通じるのだと考え、
天職として一生番組作りをして見ようと腹に決め、仕事に打ち込んだのでした。
40年間勤め上げて振り返ると、やはり間違いではなかった、番組作り、物作りが一番向いていたんだと納得しています。
これから羽ばたく若者には是非、己の先祖や親戚など観察し、己の脳内酵母、脳畑の脳質を検討すべきだと主張します。

m1424 器用貧乏


学生の頃何をやらせても素晴らしい成績で、なおかつスポーツ万能なんていう人間がいるものだ
将来的にもリーダーとして素晴らしい活躍をするだろうと予測された人間が10年20年経って見ると大した事はなく、
もしろ成績が悪かったはずの人間が立派なリーダーに成っている場合がある。
万能な人間は世間に出ても普通に何でもこなす、いわゆる器用貧乏になってしまうのだ。
かたや成績の悪かったやつは自分に何か取り得がないものか、
一生懸命考え、自分なりの自分に合った道を選択肢する結果、10年20年経つと成績の悪かったはずの人間が
立派な人間になっているという事がある。
そういう点からしても私の主張する脳内酵母論、試しに検討してみても良いのではないだろうかという事である。

m1423 酵母論


またそこで重要な役割を果たすのが脳です。
自論ですが人其々の脳みそはおそらく酵母の様なものであるのではないかと考え、酵母論を展開します。
理系の強い酵母なのか、文系に強い酵母なのか或いは芸術に長けた酵母なのか色々あるのではないかと考えます。
中には理系、文系、芸術、何事をやらせても非常に良い結果を残すバランスの取れた酵母の持ち主もいるのではないかと考えます。
脳みそ自体を畑に例えれば、何種類かの酵母の種を蒔いても、芸術ならその分野の種が他の種より育ちがいい。
土質ならぬ脳質が育ち良い畑と言えるのではないか。
絵画や書道、音楽や文学など、血統と思えるような現象は皆さんも感じているかと思います。
己の人生航路計画、まずは己の脳内酵母がどのような類の酵母であるのか、己を知るとは酵母菌、脳質を悟る事、
見極める事が一番大事ではないかと思います。

m1422 是是非


個人個人が身に付けておくべき哲学だと主張しており、其々によって違う条件の中で解決すべき問題だと考えます。
鼓動を維持するのに高価な機械を必要とする場合もあり、動作を維持していく為には周りの親兄弟、或いは地域国単位での手助けが必要です。
貧しくて設備が確保出来ない場合にはこれはどうしようもありません。
鼓動を維持する為に多くの人を犠牲にする、それもまた考えものです。
そのような観点からして私はその環境の中で鼓動を維持する大切さ、鼓動の大事さは説きますが極限の状況では是是非で良いのではないかと主張します。
しかしその鼓動「滅せぬ者のあるべきか・・」と言われ、いずれ止まる宿命を帯びています。
人生とは何んぞやと聞かれると、私は即座に己の鼓動を思った通りに使うのが人生である、と答える。
流れのままに生きたのか己の思った通り、鼓動を使い切ったか、それこそが幸せの度合いと言えるのではないだろうか。
貴方の鼓動は親だとて止められません、誰にも止められません。
そしてその鼓動の使い方はまた、貴方しか決められません。
周りに流され、浮き草のような人生では心もとない話です。

m1421 千差万別


哲学と言うと堅苦しい話の様に聞こえますが人間頭も心も千差万別です。
一人一人違う鼓動があり顔があります。一人一人違う哲学があっても不自然ではなく、むしろ有るべきです。
万人に強要するのではなく一人一人が財布の如く身に付けて持っている哲学。
そしてその都度己の人生の道しるべとして確認をしながら人生を全うする。
そういう意味での幅広い生きざま論、鼓動哲学が必要との主張です。
お互いの鼓動を尊重すべきであると展開していくと、必ずそこには鼓動を止める死刑廃止論であったり、
或いは中絶廃止論であったりという問題にぶつかるかと思います。
私はそれは是是非で良いのではないかと考えます。
なぜなら、私の主張する鼓動哲学は個々のものです。

m454未来は農業だ


直径2キロ あるいは3キロ4キロの面積があったとしても蟻のごとく機械が耕運してくれます。
スタート時に走行距離を2,3,4、号機に其々マイナス1メータを入力すれば、終点では1メータずつ手前に止まっており農機は接触しません。
当然、ウネ作り機や種植え機等あらゆる農機を渦巻き状に動作させていきます。
この方式だと四隅に行き届かない部分が出ますが、そこは自家菜園にするなど手動耕作地、8割強機械化が出来ます。
話がここまでくると大体解ると思いますが農家同士が機械を貸し借り、あるいはシヤリング、リースするという事も充分考えられます。
日本の農道は狭い為大型機械の輸送には向いておりませんが2トントラック程度で輸送出来る小型の農機を導入する新しい農業のあり方ではないかと思います。
当然輸送手段にも自動運転トラックが使えます。
隣の県同士のAさんBさんが貸し借りをする場合、Bさんの畑のGPSデーターをAさんに伝えておけばトラックで輸送してきます。
作業後は今度はBさんがトラックでAさんの指定されたGPSの場所に届ければ問題ない。
作物の配送から農機具の輸送など自動輸送が早い時期に確立するでしょう。
現在農業高校や大学など将来の農業を目指す人達には1日も早く渦巻き耕法を取り入れる機材の開発から新しい農業のあり方を目指していただきたい。
渦巻き耕法に関してオープン情報にしているので、特許は確立できません。
早い者勝ちですので農業を目指す人達が集い、新しい農業を目指してもらいたいものです。
高齢化や過疎化で休耕地があるかと思います。直径1キロ2キロという広い畑は確保できるのではないかと考えます。
人間生きる為、食料確保は神代の昔から未来永劫必要です。
食料もありますが養鶏や畜産などの飼料生産なども考えられます。
今回の発想は農業をベルトコンベヤー化する工場化発想で、畑が動かせなければGPS使用で渦巻き状に機械をベルトの如く動かす発想です。
直線距離に換算すると、かなり長距離のベルトになり、人間がやることは燃料補給のみ。
農業に定年はない。
若者よ 未来は農業だ! 新しい時代を切り開け!

m453 S字マジック


GPSを使った位置制御システム 自動車の運転では10センチ未満の制御が可能だと言われています。
自動車産業はともかく、次に大きな変革をもたらすのが農業機械のGPS制御ではないだろうか。
農業機械を渦巻き状に動作させる渦巻き耕法の原理を発表します。
渦巻き図1をご覧になってください。
まず畑の上下左右、幅の一番狭い所の直径とその中心地点GPSデーターを入力記憶させます。
そのGPSデータを中心に直径10メータ、半径5メータをS字ターンエリヤとします。
例として今回510メータの直径、半径255メータの丸い円を描き、外周軌道とします。
渦巻き図1の右端、外周5から黒い矢印の通りに中心GPSを目指し、黒い矢印通り正確に渦巻き状に耕運機をスタートさせます。
耕運機の耕運幅50センチと想定し、一周したところで1メーター内側を通る渦巻きプログラムで動作させます。
中心地点GPS 半径5メーター圏内、S字エリヤに入った時点で渦巻き図2の通りS字動作に切り替へ、中心点を通過し往路に入ります。
耕運幅は50センチなので、ちょうど間に50センチ隙間が空いており、今度は復路耕運し図1右側の4番停止線でストップします。
この図で半径が255メーターたとすると、S字ターン部分を計算すると250週する事になります。
結果的に往復ですから500週する事になります。
この渦巻き耕法は前進のみで急なカーブやUターンはありません。
中心地点のGPSデーターさえあれば正確な安定した動作が可能になるかと思います。
安定動作と安全さえ確保できれば24時間動作も充分可能です。
小型で輸送や移動が自由に出来、年寄りやそれこそ女性でも扱えるような農機具の開発が急務だと思います。
早い話が角の空きスペースからGPS自動耕運をスタートさせると外周軌道へ入り耕運動作、勝手にS字ターンして来ると言う事です。
さらに考えを前へ進めます。
渦巻き図2を見てください。
耕運機を2台用意します。S字動作が終わった復路の矢印部分から1号機をスタートさせます。
今度は2号機を黒矢印の軌道を逆に追いかけスタートさせます。
2台の耕運機を使うと時間が2分の1に短縮できます。
さらに考えを進めると耕運幅1メーターだったものを2メートルの軌道に設定すれば4台の耕運機が同時に使えます。
作業時間は短縮され場合によっては6台8台と台数を増やすことも可能です。

m1420 人間


人間(ジンカン)五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり・・・
一度生を授け、滅せぬ者のあるべきか・・
これは織田信長が口ずさんでいたという敦盛の一節である。
権力や名声を欲しいままにした秀吉や家康、勿論、近年においても財閥を成した人とて、滅せぬ者のあるべきか・・・
そうです今宵は己の鼓動と会話してみようではないか。
貴方は生まれた時、目も見えず耳も聞こえない、触覚や嗅覚とて白紙の状態。ただ一つ鼓動の響きのみだった。
乳房を吸う事により母の体温や匂い、声や顔を脳内に一つずつ記憶されて来たのは言うまでもない。
人間の原点に戻り、突き詰めると鼓動に行き着く。
男や女の区別なく、年寄りや子供、宗教や国家、肌の色や言葉の違いに関係なく、この世に生を授けた全ての人には平等に鼓動が与えられている。
そこで私は鼓動という側面から己を見極めるべき哲学が必要ではないかと、ここに動哲学論を展開いたします。

m1419 まだらボケ


おん年 八十 まだらボケ
娘と女房境目なし・
じーと見つめ ウインクする・
何すんのよ!
キモイ スケベーオヤジ 入院だ!
一喝 ショボタレ し・失禁だ~
お~い 酒!
朝から ふざけるな!
二喝目 ショボタレ・タレ・・タレ・・・・
お~い お茶!
・・・ヨシ! 
入院取りやめ!
・・妄想家族 団欒編
パンツ帽子
新造爺さんはまだらを越している。
三歳になる孫芳美が大好きで ママごと遊びの日々。
風呂も食事も寝る時も一緒。
芳美はママやお婆ちゃんに ツルツルとやり込められる爺さんを助けたいと子供ながらに考える。
お風呂で下の毛はふさふさ、そうだパンツを履いているからふさふさなんだ。
お爺ちゃんの頭、パンツを履けばふさふさになるよ、と提案。
その晩から芳美は自分のパンツを大好きなお爺ちゃんへ被らせ寝ることになった。
かくしてママごと遊び、食事のときも孫のパンツを頭に被ったまま。
皆が出かけた後、公園へ遊びに行くがパンツを被ったまま。
大勢の人だかりが出来る。
さあー家族にバレたらどうなるか・・・・
耳元まで口が裂け バトルが始まるであろう・・・
・・妄想家族 バトル編

m1418 ビヤダル状


ラクダファッションは新聞テレビで話題となり、社長は大量に売りさばき社員の給料倍増。
そして社員に我が社の作業衣をこれにすると言って全社員にラクダファッションを命じる。
営業マンもその姿で外回り。
ところが落とし穴があった。ビヤダル状の新入女子社員がこのファッションを拒否、解雇になるが裁判となった。
ラクダ裁判である。
さて司法試験第一問。
貴方ならラクダファッションを作業衣として命じた社長の言い分をとるか、ビヤダル状新入女子社員の言い分を取るか、詳細に理由を書きなさい。
貴方はどっちかな・・・・
それにしても飲食店やキャバクラなどあらゆる方面でラクダファッションが大流行するかな・・・
あれ~AKB48が花柄模様のラクダファッションで舞台を彩ったら面白いだろうなぁ・・・
待てよ・・AKB48に対抗すべく新しいラクダ48グループを作ったらどうだろう・・
誰か新しい企画考えて~~
・・ひかる妄想劇場より・・・
加齢とともに体力を使わない妄想の時間が一番楽しくなる。

m1417 マドロス帽


緊急入院するがなんと付き添いの人、見舞いに来る人達がこれまたラクダ姿だ。
病院でも話題となり、退院した爺さんが試しに着ると、なるほど暖かい。
爺さんはこれまた得意になって街中を闊歩するようになった。
映画好きな爺さんはその姿で映画館に行く。
当時は石原裕次郎のマドロス姿にパイプが超人気、爺さんはラクダももひき姿に真っ赤なマドロス帽を被り町内を闊歩すると、これまた超話題となり町中が色とりどりのマドロス帽にラクダももひき姿が大流行。
飲み屋も喫茶店も歩いている人々も色とりどりのマドロス帽にラクダももひきシャツ姿。
観光客は島え来るなり、ここは宇宙かと勘違いするほど。
大阪で会社を経営している社長が業績が上がらず悩んで旅行中、この光景を見ていきなり閃き、膝を叩いた。
社長は大阪へ帰るといきなりラクダファッションで出社。
警察も肌を露出してるわけでは無いので手が出せない。
社長はまた大の阪神ファンときている。
ラクダファッションにそれこそ縦縞をつけて甲子園球場へ応援に行く。
縦縞ラクダファッションの社長が応援に行くと、これまた完全に負けの試合が最終回に逆転勝利、連勝記録が話題となりこれまた球場全体がラクダファッションとなってしまう。

m1416 ラクダモモヒキ


南の島は一年中温暖な気候である。しかし朝晩は冷える。
武蔵爺さんは有り金はたいてラクダのモモヒキとシャツを買った。
着てみるとこれがやたら暖かい。早速周りへ自慢して歩いた。
あまりの自慢に隣の金持ち爺さんが、ほんだらオイラは2着買うべ、と言って買い、着てみる。
これまたあまりの暖かさにモモヒキシャツ姿で自慢をして回った。
それがいつの間にか島中の人達が老いも若きも次々とモモヒキシャツ姿で歩くようになった。
あたかも島中が宇宙人ではないかと思われる位の姿になってしまったのだ。
観光客は港に降り立つとびっくり。宇宙へ来たのかと勘違いする始末だ。
ビヤダル状の杖をついた婆さん、ボケで帰る家が分からなくなってしまい観光客に、私はどこへ帰ればいいかねーと尋ねた。
観光客は宇宙人のイメージがあったもんでつい天を指差した。
婆さんはいきなり怒り出し、私はまだ死ぬ訳にはいかない、と杖を振り回して追いかけた。
あれれ~と言う間に、婆さんは転倒して骨折してしまった
急いで救急ヘリを呼ぶが、当然事故なので警察も同乗してきたが、ヘリポートの周りの人達のラクタシャツ姿に何んだこれは、とびっくり。
とりあえずは怪我人をと急いで石垣島の総合病院へ運ぶ。

m1415 テレビ局入り


そしてテレビ局入り、いきなりテレシネ、マスター部門と言う、当時のIT最先端の心臓部へ配属されます。
1年後にIBMのコンピューターが導入され、コンピューター分野まで携わることになります。
あまりの変化にどうもついていけそうにもない、と悩み自信喪失状態。
その折、ココロ鏡を引っ張り出し、己の置かれている状態、立ち位置などココロ鏡に写し出し考えました。
人口700人の島から4万人の石垣島で高校3年間、そして東京で夜学2年後、放送局へ入ったのです。
そんな中で己のココロ鏡と対峙し、気がつくと島を出て5年後、自分の作った番組が北海道から沖縄まで、
そうです全国のお茶の間へ届く、気がついた時点で自分はいつの間にか1億人の人を相手にする立場の仕事をしていたのです。
自分のやった仕事が1億人の人が見ている、そうです1億人の人が見つめる舞台に立っていたのです。
例え端役ても通行人役でもいい。
何時の日か、まかり間違って一億人が見つめる主役に成るかも知れない、と馬鹿げた事を考え、
この仕事を生涯の天職として全うしようと決めたのです。

m1414 節目


そうです、ココロ鏡を呼び出す時、それは先程の禅の境地に入った状況で己をじっくり写し出す、
それこそ生きていく上で大事な事ではないだろうかと考えます。
私は20代からこのココロ鏡を引っ張り出し節目節目を確認して生きてきました。
人口700人前後の小さな島でランプで育ち、隣の人口当時4万人の石垣島へ渡る事が1番の夢でした。
石垣島には映画館が3つもありネオンも商店街も市場もあります。
高校出る事によって3年間その島で生活し、卒業と同時にテレビの仕事に興味があり上京します。
石垣島の高校には理系コースがないため商業科コースを卒業し今度はテレビの為、出直し理系科へ。
開設したばかりのカラーTV専門コースに通います。
食う為、昼間は力仕事、2年間夜間学校へ行きますがほとんど疲れ果てて勉強どころではありません。

m1413 優柔不断


一方的に自分しか主張しない人間がいたり、ただ周りに迎合。
こいつは人間では無いのではないかと思われるくらい優柔不断でどうしようもない人もいます。
やたらと人を嫉んだり、被害妄想的な発想の人がいたり、人が苦しい状況にある旨を喜んだりする人間がいたりします。
自分は悪くない周りがみんな悪いんだ、と主張する奴もいれば政治が悪い国が悪い。
自分は悪くない世の中が悪いなんて訳の分からない事ばかり言ってる人もあるかと思います。
さて自分は本当にどのような姿で周りに写っているのだろうか、仕事の上だとかあるいは家庭の中。
あらゆる方面から己を写し出すココロ鏡が大事ではないかと思います。
ココロ鏡は毎日引っ張り出す必要ありません。月に1度でいいからココロ鏡を呼び出し、
己がどのような人間なのか人物なのかを己の目で確かめ確認する、己のココロ鏡が大事ではないかと考えます。
自分は人間としてどうあるべきか、どのような姿であるべきか。

m1412 ココロ鏡


これからも己の人生ドラマを、どう展開させていくのか本気で考えるべきではないだろうか。
そして己との対話、己の人生ドラマの進行状況を写し出す上で最も大事なのがココロ鏡です。
皆さんは毎日鏡で己の姿を写し出し、見ているでしょう。
特に女性の方は手鏡などでその都度己の顔を写し、手直しをしたりするのは言うまでもありません。
私はここでもう一つの鏡の存在を提案いたします。
それはココロ鏡です。
己の顔だけではなく、己自身がどのような姿をしているのだろうか?
前後左右上下、あらゆる角度から己を立体的に見つめる、それを私はココロ鏡と呼びます。
己はどのような姿で写っているのだろうか、ケチなやつなのか、ガツガツした人間なのだろうか。
自分本位の人間では無いだろうか、
あるいは時の流れに逆らっている奴なのか、時の流れを捉えられる人間なのか女なのか。

m1411 禅の境地


その行為を20分程していると、おそらく本当に今まで経験したことがないくらい頭の中が空になるだろう。
それこそが本当の、禅の境地と言えるのではないだろうか。
ゆっくりと目一杯パンパンになるまで息を吸い込む、そしてゆっくりと雑巾を絞るように最後の1滴まで息を吐く、
その行為を30回程繰り返し、その後はゆっくりと吸い込み、またゆっくりと息を吐く行為を20分程繰り返していると、
ほとんどの人が禅の領域に入る。
大事な事はその後である。果たして今まで生きてきた自分はどうだったのだろうか、
己の人生ドラマはうまくワンカットワンカットが作れているだろうか。
鼓動との対話が大事です。
母は何のため10月10日も体内であなたを育み、そして何のために乳を与え、おむつを取り替えて育てあげてきたのだろうか。
己は母の期待に答えられているのだろうか、母に本当に心底誇れる自分なのだろうか。
己との対話、鼓動対話が1番重要ではないかと思います。

c1177 サメに助けられた男


多良間真牛(たらまもーしー)の伝説として、日本の伝説沖縄編に、しっかり位置づけされており、素晴らしい掛け軸と、当時の状況を克明に記述した古文書が今に残されています。
ジュゴンに助けられた伝説は、北欧諸島にあるとのことですが、サメに助けられた伝説は、どこにもないとのことで、国内外より、民話伝説等の研究者が、調査にくる貴重な物語です。
何を隠そう、この話は、わがひかる家に代々伝わる伝説で、掛け軸に使われた色や図柄などの調査結果から、描写の技法は、琉球王朝の絵に源流があり、色は当時の八重山地区では出せない、島では作れない、紛れもなく琉球王朝より、贈られた物だとの事。
琉球王朝の風は、南の島のひかる家にまでささやかに訪れ、わが家は、由緒ある家柄でした。
そしてひかるは、サメに助けられた伝説、五代目の子孫。
末代まで、サメを傷つけてはいけない!
食してはいけない!という家訓があり、サメを神様として崇め、供物を絶やしたことがありません。
なにげなく仲間と酒を酌み交わし、注ぎつ注がれ、フカのヒレ酒だと言われ、急いで戻しましたが、後の祭り。
翌日は、飲み過ぎたのか、祟りなのか、1日中頭痛がしていました。
ご先祖様に陳謝! 陳謝!
(多良間真牛の伝説は、平成5年、2月26日付け中日新聞、3月29日付け東京新聞に、日本版ロビンソン、クルーソー物語として、大きな紙面で、取り上げられました)

m1410 座禅


座禅と言う言葉がある。
禅と言えば、あぐらをかいて体のバランスをとって行うもの、と言うふうにおおむね解釈されているが、
私は禅と言うと寝禅が1番ではないかと考える。
寝た状態で足を半開きにし、軽く胸に手を添える。
この状態こそが体の関節や臓器すべてに均等に重力がかかる。
人間は生きている間かなりの時間寝ている時間がある、その時間は節々や関節や臓器に重力がかからない事になり、
そのこと自体が人間が1番休まる時間だと考える。
騙されたと思って一度行っていただきたいのは、夜寝るときに目を軽く閉じ、
両手を胸に軽く添えるとかすかに鼓動が感じられるであろう。
その状態で目一杯息を吸い込み、そしてまた最後の1滴まで雑巾を絞り出すように息を吐く。
それを30回ほど繰り返してみよう。
今までに経験した事がないくらい体全体が軽くなり、頭が空になるだろう。
そのまま軽く目を閉じた状態でしばらくゆっくりと息を吸い込みゆっくり吐き出す。

m1409 女牛若丸


そのうち子供が生まれると次々と牛の乳を飲ませて育てるようになり、結果的に牛若丸が次々と誕生したのである。
名前を呼ぶのに牛若丸五号、牛若丸六号、なんてことになり、このあだ名は不都合が生じ封印されてしまったが、最初の子は元祖・女牛若丸と呼ばれた。
島には川は勿論、水たまりも橋も欄干もない。
牛若丸はピョンピョンどこを跳ねていたんだろうか。
石垣を跳ね飛んでいたのだろうか。
石垣を飛び交う牛若丸・・・絵になるなあ~
子供は島で育つと年頃に島を飛び立っていく。
女牛若丸は飛び跳ねすぎたのだろうか。アメリカへ渡って現地で結婚。女の子二人をもうけた。
娘が大学の卒論にと自分のルーツを求め島を訪れた。やはり顔は母親そっくり。
島ではその日のうちに伝令が走った。
女牛若丸が島に舞い戻ったぞーと。
当の本人は何んで自分が牛若丸なのかチンプンカンプン。
娘はアメリカと日本の架け橋たらんと東北へ赴き、震災後の復興に取り組む。
アメリカからのボランティア受け入れ窓口として日本語英語で活躍しているとのことです。
日米の架け橋の欄干で牛若丸はぴょんぴょん跳び跳ねていた。

m1408 クリーニング屋


アイロンがけは評判もよく、クリーニング屋は大繁盛。
いつの間にか全国にチェーン店を持つ、大きなクリーニング屋さんになったそうだ。
そして女の子誕生。ばーちゃんとなってしまったアイロン娘は、いつも孫に我が家の家宝はアイロンだぞと話しているそうだ
方やゴキブリ娘はとうとう両親も他界し、今でも一人で相も変わらず奇声を発しているそうだ。
そしてその家は名実ともにゴキブリだらけ、ゴキブリ館と呼ばれているそうだ。
あだ名は体を表すのかな・・・・・
島ではその人の特徴を捕え、ユニークで覚えやすいあだ名を付けて呼ぶ習慣があった.
ひかるが生まれた当時、島では母乳が出ない場合ヤギの乳を飲ませた。
のちに冷蔵庫も普及し幼児に牛の乳を飲ませる習慣が入ってきた。
女の赤ちゃんが生まれ、不幸にも母親が亡くなってしまった。
島の人は見たこともなかったが、その子に牛の乳を飲ませて育てた。
そして女の子だったが島の人たちはその子の事を、牛の乳で育ったので牛若丸とあだ名を付けて呼んだ。
女牛若丸誕生だ!

m1407 アイロン娘


南国の小さな島の人達は普段、作業着姿で取り立ててオシャレなど無縁な話だ。
20歳になったばかりの千恵子は、育ちの良いオシャレな女の子である。
洋服はいつもピシャリとアイロンがけをし、周りからも羨ましがられる存在だ。
いつの間にか千恵子は、アイロン娘と呼ばれるようになった。
隣村に同じ歳の容姿淡麗、千恵子に勝るとも劣らない一人娘の町子がいた。
どういうわけか町子の前を通ると、時々奇声を発するという。
なんで奇妙な声を出すのかと聞くと、町子はゴキブリが大嫌いでゴキブリを見ると、ほうき片手に格闘するという。
案の定、町子はゴキブリ娘と呼ばれるようになってしまった。
この島では本名よりあだ名の方が羽振りを聞かせる。
アイロン娘、そしてゴキブリ娘と二人は呼ばれるようになってしまう。
このあだ名が命運の分かれ道だったのだろうか。
アイロン娘は早々と結婚するが、ゴキブリ娘は嫁の貰い手がなく、とうとう行かず後家になってしまった。
アイロン娘は可愛い女の子を授かるが、血筋なのかその子もまたアイロンが好きでいつもアイロンがけした洋服を着ていたそうだ。
年頃になり美容師の勉強をする、と東京へ出る。
そして結婚をするが、何と嫁いだ先がクリーニング屋だったそうだ。

m1406 黒島の民話・1


ニワトリが朝に泣く訳
むかしから神様は人間が大好きでした。
でも人間は朝寝坊で、神様はなんとか早起きをさせ働かせたいと思いました。
そこで鳥たちにその役目をさせようと考え、集合の命令をかけました。
まずアカショウビン。とても美しく泣くけれどうりずんにしか鳴かないから不合格。
カラスは大声だけど朝寝坊。太陽が昇ってから泣くので不合格。
コウモリは夜のうちから飛び回るが、明け方にはほら穴に逃げていくので不合格。
ニワトリは一番鶏が二時、二番鶏が三時、三番鶏が四時から夜明けまで鳴くし、声も美しいので、神様は朝に泣く役目はニワトリ、とすると決めました。
それで今も、ニワトリは神様の言いつけを守っているのです。
黒島の民話・2
牛に上の歯がなく、馬に角がない訳
むかし、牛には上アゴにも歯があり、馬には立派な角がありました。
神様は人間が大好きなので、力の弱い人間の働きすぎを心配し、牛や馬を働かせようと思いました。
そこで牛と馬を呼び、人間の手伝いをしなさい、と命じました。
ところが歯のある牛は、イヤだ、人間なんかこの歯で噛んでやると。
角のある馬は、イヤだ、人間なんかこの角で突いてやる、と答え神様の言うことを聞きません。
そこで怒った神様は、牛の上の八本の歯を折り、馬の自慢の角を折りました。
それでも馬は、角がなくても後足で蹴ってやる、と言ったので神様はナタで馬の後足を叩きました。
それで馬には、ヒズメにその傷跡が残っています。
まだ人間を手伝わないなら、もっとひどい目に合わすぞ、と神様がおどしたので人間の手伝いをするようになりました。
出所・・「なぜなぜ八重山の民話」発行・大石直樹氏より転載。

m1405 ど音痴


どんなに素晴らしい文書でも人に見てもらえなかったら意味ないぞ。
早もの勝ちだぞ。
文系に無縁な人でもブログで書きまくろう、とんでもない結果がでるかも・・
文章とは貴方の深層心理、幻でもいい、奥に潜むシーンを第三者に分かるよう活字を並べればそれで済む。文法、作法なんて考える必要なし。
皆さんの周りにカラオケで、よくぞこれ程はずれるのか、どうやったらそこまで音程をはずす事が出来るのか、どうしてもそのど音痴は真似が出来ない、という人がいるはずだ。
乙女の木登り
だからカラオケが面白く味がある、というものだ。
ひかるは上下左右、どこから見ても文書ど音痴と言えるかもしれない。
がしかしひかるは超売れっ子作家顔負け、赤ペン入り丸めたわら半紙が部屋に所狭しで格闘する。
やけのやんぱち、存分に書きまくってやるぞ!
仰げば尊し、我が師の恩・・
仰げば尊し、乙女の木登り・・
仰げば目に毒、屋根屋のフンドシ・・・
ガガ~ン ?!

m1404 父狂った


我が家では女房と娘が台所で握りを頭の上でパッと開く、また目が会うとその動作を繰り返しニタニタする。
どうも父狂ったの合図らしい。
自慢じゃないが、もともとひかるは本を読んだことがない、と言っていい程文章とは縁がない。
部屋には一冊も蔵書がない、あるのは一冊、百円ショップで買ってきたスピーチの小冊子のみ。
高校は理系に行きたかったが南端の高校にはなく、やむなく商業科を出、出遅れ人生で、闇雲に好奇心の追求のみ。
休日はゴロゴロ這いずり、トド様と呼ばれる。
ITの世界に革命が起きているからとて、物書きを始め個人放送局を立ち上げる、と挑戦する事自体おかしい。
本当に狂ってしまったのだろうか、と自分でも思う。
がしかしまてよ、やってみなければ答えは出ないだろう。
試行錯誤しながら、このサイトは四百万ビュアー突破しているぞ。
世の中には物書きを目指す人、やっている人達は何をしているのかな?

m1403 ノーサングラス


北欧の青い目の人が、この島だけは眩しくて住み着けない、とかなり濃い水中メガネ状の光の漏れないサングラスをして観光している。
本土の人が島へ行くと、眼科で瞳孔を開く薬を使用した状況で、ノーサングラスでは無理だ。
そんな中、裸眼で海辺で遊ぶ子供を見ると納得。
典型的なタレントで、南沙織さんなぞは瞳の黒さ分かるであろう。
往年の大空まゆみや、夏川リミや仲間ゆきえ、宮里藍、石田ゆり、ひかり姉妹など、テレビで見るより実物を見ると、なるほど、と八割がた納得するだろう。安室奈美江もいたな・
これまた、大発見、黒い瞳の情熱的な沖縄ミドウン(女性)
最近沖縄人のゴルフや高校野球など、屋外での小さな球技での活躍は、たぶん視力もプラス要因になっているかも?
特に陽射しが厳しい夏、ゴルフで沖縄ミドウンが活躍するが、野外でボールを見、焦点を絞った時、輪郭や凹凸、本土の女性よりはっきり見えるはずだ。
そのうち卓球でも沖縄ミドウンがデビューするでしょう。
沖縄ミドウン
命短し、恋せよ男!
行こう、沖縄へ!
骨密度を研究している人が、沖縄出身者は魚貝類を食べているせいか、日光のせいか高い、との事。
瞳を研究している人いないな...

m1402 沖縄の瞳


皆さん、沖縄出身のアイドルと本土出身のアイドルでは、一つだけはっきりした違いがある。
さて、何んだろうか?
ほとんどの人が気付かないだろうが、実は瞳の黒さが違う。
沖縄女性は黒さが濃い、いわゆる瞳が本当に黒いのである。
白みは本土の人と変わらないので、濃淡がはっきりしていて、強烈に情熱的な感じを与える。
もし、本土の男性がこの黒い瞳で見つめられると、たぶん、イチコロだろう。
夜の渚で一番星が映える、と書いたのはこの事だ。
いや、私は間違った事を書いている訳ではない。
代々、沖縄のDNAを持っていれば、紫外線、直射日光などで、必然的に瞳は濃くなるのだ。
雪焼け、という言葉がありゴーグルを使う、沖縄は夏場だけでなく、年中真っ白い砂浜、海面反射と日光だ。
子供はサングラスをするはずもなく鍛えられ、先祖から徐々に濃い瞳を引き継いでいくのだ。
子孫を保存するうえでも、いやがおうにも、瞳は黒くならざるをえない。
子孫を残すため、女性の瞳が濃ゆくなったのだ。

m1401 カギ探し


夕食は、大広間で其々膳をとる。
じーさんは食欲おおせいで、ばーさんの善にまで箸を出す、二度もご飯のお代わりを大声でとる。
翌日の夕食は、さすがに中居さんも心得、おひつごと置いていった。
三日目、午後3時出発とあって、昼食後、帰る前の温泉で混雑していた。
すると、女の声がする。
混浴ではないぞ?
よく見ると、あの石臼ケツのばーさんだ。
じーさんと二人、ゆかた姿、おまけにスリッパびしょびしょのまま。
洗い場を端から端まで点検、部屋のカギがないとの事で探している。
とうとう二人は浴槽を見定め、この中にあるはずだ。
温泉を抜こうと手に手をとって行動開始。
おい! 全員風邪を引くぞ!
割腹のいい年寄りが、とうとう切れた。
お前ら!フロントヘ行け!
何も悪い事してないのに何んで怒るのよ、とすごすご退散。
この分だと帰りのバスで何か起こるな、と期待していたが二人でゴーゴーといびきのハモリ。
息が合う、麗しき夫婦愛。
しかし、やはり事件は起きた。
上野へ着くとじーさんは、ここは自分の家ではない、自分の家は川治温泉だ、すぐに引き返せと言い寄る。
ばーさんは一泊しかしていない、もう一泊あるからすぐに引き返せ、と。
麗しき夫婦愛。
例のじーさんが再度切れた。
運転手の首根っこを捕まえ、こいつらここで降ろせ!と。
この二人今夜中に家へ帰れるか、カギは?
素晴らしい映画のクライマックスシーンを時間切れで見れない感じで後ろ髪を引かれる。
終点、新宿まで行って結末を見たかった。
老夫婦、二人でボケれば、敵なしだ!
老夫婦、二人でボケれば、キミ麻呂だ!
老夫婦、二人でボケればメルヘンだ!
老夫婦、二人でボケれば極楽だ!

m1400 ボケ法


30年間もオカマを通し、女に成りきった男がいた。
酒の席で、色気も全く感じられない、お前は女に成りきれない、男だ、と言われる。
ボケも入ってきており、感情の上下が激しくなっている男は、相手を刺し殺した。
さて、問題はこれからだ。
心身共に女になりきって、殺人までおこしたこの人物を、男部屋に収監したら、罪になるのか・・
女部屋に収監したら、罪になるのか・・
皆さんで酒の肴に、議論してほしい。
いずれ貴方は、裁判員になる可能性がある。
今の内から、勉強しておこう。
ケツ捲くり
二泊で川治温泉ツアー旅行へ行った。
ウイークデーとあって老人だらけ。
新宿発、上野経由で上野から乗った。
高速道路で、予定外にお客のトイレタイムをとるとのアナウンス。
70歳くらいのばーさんがパンク状態で路肩へ降りると、後からじーさんが付いていく。
もどかしくガバッとケツを捲くると、これまたタイミングよくじーさんが傘をパッと目隠しに広げる。
あれれ?
透明のビニール傘、まる見えだ。
ワッと言うどよめきと溜息。
スッキリしたばーさんは、じーさんと手を取りニコニコ顔。

m1399 山本さん


老人大国、平日、喫茶店に行き、タバコをふかしていると、スリ硝子で仕切られた禁煙席に、ばあさん軍団が、けたたましく入ってきた。
耳が遠いのか、親分肌のババーが、店内に響きわたる声で、しゃべくっている。
ねーねー丁目の山本さん、バイドクじゃない。
バイドクは、頭が禿げるんだって・・
子分・・それって、エイズの事じゃない。
そうそう、そのエイズよ・・
若い頃、東南アジアへ単身赴任。今は、奥さんとも、うまくいっていないみたいよう・・
と、山本氏の話題で、大変な盛り上がりようだ。
その内、私の隣にいた、かわいい毛糸の帽子をかぶった男が、ソワソワ動き出した。
親分の前へつかつかと行き、バサーと帽子をとり、一人一人なめ回すように、睨みつけたのだ。
そう、話題の山本氏だったのだ。
殺傷事件が起きかねない、異様なる雰囲気である。
山本氏の後姿は、肩まで怒り狂っているようで、勘定を払って出て行く。
その後姿を見送ると、親分肌のばあさんは、前にもまして、大きな声で言い放った。
何もエイズだと、決め付けた訳でもないのに、失礼だわ!
睨みつけられる覚えは無いはずよ、と。
おい! ばあさん、あんたに反省の気持ちは無いのか・・
ボケも入ってきているのであろう。
老人大国の日本、そろそろ、ボケ法の制定をしないと、国はなりいかなくなるぞ・・

m1398 老人天国


スポーツクラブで泳ぐのを日課にしているが、平日のクラブは老人天国だ。
サウナに入った後、平面ガラス張りの広い部屋に10人が腰かけられる総鏡張りの前で、ドライヤーが使えるようになっている。
何気なく見、腰が抜ける程、ギョッとした。
ツルツル禿げのじいさんが3人、その前でツルツル頭にドライヤーを当てているではないか。
鏡に映る顔と、ツルツル後頭。
ガン首、シャレコーベが六つ並んで、しかも裸体で、こっちを見ている光景に見えたのだ。
一瞬、あの世へ来てしまった、と感じ、心臓が止まる思いだった。
異様なる光景とは、その事だろう。
何も毛の無いツルツル頭に、ドライヤーを使う必要ないだろう。
せっかくエコに到達できたのに、電気代の無駄だ!
自宅では、ドライヤーを使わないだろうに、タダだからと言って何の意味がある・・
ヤケドするだけだぞ・・

m1397 垣根がない


時代の潮目としてTVやラジオが一気に先端企業になったのである。
そして携帯、ブログの時代へ進んで来たのである。
TV等は国の免許が要る、がブログは垣根がない。
私が他人の家へ入れば即逮捕、しかしこの私のブログはもう既に貴方の家に侵入している。
トイレ、スッポンポンで風呂に入っても私のブログは侵入、貴方の体を舐め回している??
と言っても過言ではないだろう。
恐ろしい・・と言うか、世の中、すこぶる面白い。
これ程面白い道具を単なる日記で終わらせる訳にはいかない。
昔・コンピュータは国家や巨大企業の独壇場だった。しかし今は個人で持てる。
昔・電波は国家管理下にあった。今はブログで個人が自由に使える時代になった。
ビルゲイツがコンピユータソフトを考え出した状況以上に、目の前には巨大な市場、チャンスが広がっているのだ。
そうだ、個人で放送を初めてもまったく問題は無い。
だから言う、東大を出ようが時代の潮目を見れなければ、底辺を這うしかない。
このブログの、若者よ・・・をじっくり味わい、先駆者になろう。
革命だ~
いや、いや、脳内爆発だ~

m1396 実験


この革命を見過ごすのではなく、乗る事、先取りする事が大事と思い、すぐさまブログを書き出した。
いずれブログはインターネットを超え、巨大市場が出来るはずだ、ライブドアや楽天以上の巨大企業が誕生するはずだ。そして子会社化されるぞ。
私はブログを単なる日記の延長ではなく、コンテンツさえ考えればとんでもない道具になる、と考え実験に乗り出した。
今、一年で九十万アクセスを確保。年末には百万アクセスも見える勢いである。
百万アクセスを確保出来れば、本格的な個人放送、携帯放送に切り替える積りだ。
若者よ! 未来は面白くなるぞ!
心して己を見つめ、とんでもない可能性へ舵を取ろう!
携帯はその内、本になり、サイフ、紙幣になり、世界地図にもなる。
チケットやカード、免許証や保険証代わり、音楽堂、むかし話、語り部であったり、更に国をも支配するかも知れない。
若者よ! 世の流れの潮目を見る要素を蓄えろ。
その昔、道路や高速道路が出来、物流が飛躍的に伸びた。
そして運送業などが台頭した。その後通信、電波が出現し、テレビやラジオなど・・
土地や建物は所有しても限界がある。しかし電波には垣根が無い。
土地を千坪持っていても、その上層部は天空まで自分の物とは言えないのであるが、電波は勝手に侵入する。家の中まで入って来るのである。

m1395 パンツ略奪


と縋り付いての懇願。
帰り、スカート姿で駅の階段上下は出来ないとの事。
こう言う時こそ男にならなければ、と略奪されてしまった。
明美!もし蓋が割れ、お姫ちゃんが挟まれたらただ事では済まないぞ。
内鍵をかけられ、ギャーギャー騒がれたら救急車どころか、レスキュー隊だぞ!
翌日電話、パンツは後日のり付けアイロンをかけ返しますと。
バカ! 記念にやるよ、といってやった。
翌年末、明美はガンであっけなく他界した。
記念のアイロンパンツ履いてあの世へ行ったのかな・
合掌・・・
一昨年の6月、電車に乗っていてびっくりした。
二年前、いや一年前と車内の様子が激変しているのだ。
皆さん気が付いていたのか、殆んどの人が携帯を見ているのだ!
以前は携帯と言えば、耳に当てる物、と思っていたが、様子がちょっとの間に変わっているのだ。
メールであったり、ワンセグなのか、ともかく携帯が耳から目に変わっているのだ。
世の中に革命が起きているのだ。

m1394 懇願


明美とひかるは高校時代からの友達で、郷里の会合などで時々会い、クラス会などでも二人は永遠の恋人同士だ、と言い合う、周りからも羨ましがられる、親しい友人関係であった。
年に一度の大勢の郷友会で、日曜昼間、一時頃からの飲み会。
舞台では郷土芸能や隠し芸など賑わう。
友人等の席を回り戻ってくると、四時頃だったか、明美が待っていたかの如く、腕にしがみつき、懇願する眼差し。
私、今マルバイ(ノーパン)なの。スースーして風邪引きそう・・と言う。
バカ、昼間っから誘って、どういう積もりだ! と言うと、あら 色気感じるの?
と茶目っ気たっぷりな会話。
話を聞くと、ビールを飲みトイレへ行くが、並んでいる。
こらえて我慢、急いでパンツを下ろし、バッシャーと行ったそうだが、ふたのまま、ストッキングを伝わり小水がかかとまで濡れたそうだ。
しかたないので脱ぎ捨てた。だからノーパンだとのこと。
あんた男でズボンだし、裏返しにするから、パンツ頂戴。

m1393 マッチ発祥の地


世の中時々ひょんな物に出会う事がある。
マッチ発祥の碑、なんて誰も知らないだろう。
あのタレントのマッチじゃないぞ。
場所は錦糸町、ひかる邸の近所だが、その碑がある。
名門高校だが、両国高校の敷地内に道路に面した所に、何気なく目立たない状態だ。
誰が、何んの意味があって、何んの為に、わざわざ金を出し建てたのだろうか。
訳が解らない・・・
マッチコレクター、興味の有る人、校内に入らなくても自由に道路から見れる、写真も撮れる。
錦糸町駅前のトイレ、気持ちよく放尿していると、中学生の集団がザワザワ入って来た。
右隣の子が満杯なのか、あせりにあせった挙句、ギャーと声を張り上げ「思いっきり、チャックに挟んだ、擦り剥けたよー」と・
左隣の大き目の子が、声変わりしたのか、低いトーンで、訳の分からない、意味不明の歌を歌い出した。
「タマネギむ~けた、皮剥けた~、涙が出たよ~、お父~さん~・・」
禿げ爺ジーは、若い頃、皮の剥けた当時の喜びを思い出し、思い切り、ニタニタうなずいていた・
ジーさん、あんたは変態か?!・

m1391 お値段?


訳のわからない方言は他にも、出てくる。
お線香の事をこの島では、ハウと言う。
すぐ目の前の石垣島や竹富島、西表島などでも、この呼び方はないようだ。
だいたいが、クーと言うか、それが訛ったような呼び方のようだ。
それは、たぶん、香から来ているのだろう。
しかし、なんでこの島だけ、ハウなのか、まったく訳が分からない。
お線香は、火をつけるのにマッチが必需品だ。
墓参へ出かける時、よく確認された。
忘れ物はないか・・・
ハウ、マッチ・・
どこかで聞いたような気がするな・・
石垣島唯一のマクドナルド、あまりの暑さにふらりと入ると女高生が6人二つのテーブルに陣取り、けたたましい声ではしゃいでいた。
スカートであぐら、片ひざたたてている子もおり、上品とは思えないが制服からひかるの出た八重高でないのに一安心。
沖縄人はよく「行くさ~」「行くね~」「行くば~」と言うようにさ~ね~ば~を語尾につける場合がおおい。
女高生の会話・明菜が哲也にレター出したば~ どうなったば~ フラば~よと語尾にば~付けでしゃべっている。
隣の子が携帯の写真を見せられガハハーと高笑いの後 超ば~ っと言う。何を言っているのか訳が分らない。ズーズー弁ならぬばーばー弁だ。
卒業後本土ヘ行くだろうが、まともに会話出来るのだろうか。
おい 女高生! いつからばーばーに成ったのだ。

m1390 「ん」


この島では鳥のフクローの事を、ボイサと言う。
なんでこのような呼びかたになったか、まったく訳がわからない。
また、本土では、「ん」から始まる言葉や単語は、数少ないと思うが、
この島では、けっこう「ん」から始まる言葉や単語がある。
姉さんの事は、「んーな」と呼び、末娘は、んぼま、と呼ぶ。
貝類でも、「ん」から始まる末娘と同じ「んぼま」なる名称あり。
木や草にも「ん」から始まる、「んーまに」や「んがな」など。
他にも、んーがま、んげせ、など日本の言語学では、理解しづらい言葉が、数多く残っている。
この島には、言語学者なる者が、一歩たりとも足を踏み入れた形跡がない。
30年前に、早稲田大学の調査隊が出した調査報告を見ると、生活様式や行事などを書いてあるが、肝心な言葉に関する調査が欠落している。
昔の言葉を知る人は数少なく、空前の灯だ。
言語学者がいるとすれば、なんとか今の内なら間に合うかもしれない。南の島々の言語を調査すると、日本語と合い通じる、何かが見つかるのではないだろうか。

m1389 目指す


島には、全く理解出来ない言葉がある。
行け、という表現は、パリ、と言う。
日本国広し、島の数は、多くあると思うが、行け、という言葉をパリ、と表現する方言はないであろう。
フランスのパリ、がどのような意味を持っているのか、知っている方は、教えてもらいたい。
仮に行け、あるいは、目指す、というような意味が、パリに込められているとしたら、
それは大変なことだ。
方言が、フランスと関係あるという事になる。
歴史的にフランスとは無関係としか思えない島た。
イケメンのことを方言でいうと、パリメンだ。
パリパリの新入社員という言葉があるが、それは、行け行けの新入社員。
イケメンは当然、パリメンだ。
イケイケメンは、パリパリメン。
ところで貴方は、パリパリメンかな??

m1388 イケメン


東京にいる時は、スポーツクラブで泳ぎ、サウナへ入ることを日課にしている。
男がサウナに入る時、特に前を隠すわけでもなく、租チンあらわに、足は逆八の字、堂々と座る。
いつも会う、アラブ系で、小錦といい勝負する、立派な体格の人だが、
その人も、堂々と、租チンを見せ座っている。
先日、隣に、年齢30代半ばくらいの男で、中肉中背。
顔は、今はやりのイケメンで、腰にバスタオルをしっかり巻いて、租チンが見えないように隠している。
足は、多少内股、八の字スタイルである。
タオルで、租チンをしっかり隠しているところは、几帳面な人だなと、その程度で、
特に違和感も、何も感じなかった。
10分くらいたって、汗だくだく。その男も、ほんのりと、体中がピンク色に染まっていた。
その男が、先にサウナを出た。
何気なく後姿を見て、あれれ・・・
背中に、横にブラジャーの跡が、ほんのりついているのであった。
ありゃりゃ・・
なるほど・・なるほど・・
一瞬浮かんだ。
オカマちゃん、租チン隠して、背隠さず。

m1387 慌てるな!


島の方言で、慌てるは、アバッティルという。
慌てる乞食は、貰いが少ない、という格言に、匹敵する格言もいくつかある。
アトウフドウ、マーフ、は慌てるな、残ったものに福がある、という格言だ。
島方言独特の格言は、アバッティル、ハンヤ、アナーナーヌン。
慌てるカニは、家に戻れない、という。
普通では考えられない、モチーフに、蟹を使うところなぞ島の発想らしい。
慌てる奴は、アバッツア、という。
ちなみに、慌てる奴、アバッツア、と呼ばれる魚がいる。
それは、魚の針千本である。他の魚に比べ、図体より極端に小さなヒレ。
敵が近づくと、めまぐるしく小さなヒレをばたつかせて慌てる。
いよいよ危なくなると、体を膨らませ、針を体中から突出し、おちょぼ口で、
丸い目をキョロつかせている姿は、可愛いく、愛嬌がある。
まさしく、慌てる奴、アバッツア、はぴったしの名前である。

m1386 パンティパンティー欲しい


貴方の愛がいっぱいいっぱい欲しい。は貴方の愛がパンティパンティー欲しいになる。
もしかして、国技館の満員御礼の垂れ幕、パンティ御礼にしたら受けるかも。
フンドシとパンティ、ゴロ合いがいいな・・
飲み屋で満員になったら、パンティ御礼の張り紙を数箇所に張ると大受け、連日パンティ御礼になること、間違いなし。
今でも使われている方言だから問題なし。
本土の「おなかがパンパン」は、おなかがパンティーパンティーが語源だろう。
だから島にはパンティーだらけという事になる。
あれれ? この島の名前、パンティー島にすると、日本の南端、ハートの形をした島、世界的にも超有名になるかも・・
貴方の大好きなアイドルタレントが目の前でパンティーを脱ぎ、オークションにかける生中継パンティー島企画番組。
落札者はパンティーの臭いを嗅いで入札する。落札金は本人と島で折半する・・
モッコリ~パンティーじーま・・
なんて・・
おじさん、あんたの頭、大丈夫か??
満杯で破裂する状態を、パンクリル、と言う。
そう、自転車がパンクする、はこのパンクリルが原語だろう。
焼き鳥屋で飲む時、色気のない乾杯!なんて言わずに、声高らかに、
パンティパンティーを連呼して飲もう。
回りもつられ、皆んでパンティパンティーだ!

m1385 パンティ連呼


島の古老と飲むと、パンティ、パンティと言う発音が連発される。
パンティの意味は、いっぱい、と言う事だ。
いっぱい、いっぱい、入れろと言う意味で使われる。
はいよ! パンティ、パンティ、(いっぱい、いっぱい)、と溢れんばかりに注ぐ。
ちなみに、溢れる、は「パントウリル」と言う。
太る、はパンタルで、太っちょ、はパンタラーになる。
天ぷらは、ころもを付け、膨らませるからだろう、パンビン、と言う。
なにしろ、丸々の感じ、太っちょ、はパンティかパンタルに近い発音になる。
なぜか、やっかいニョロ棒が入って、パ~ンティ~と発音すると昔々という意味になる。
中国のパンダ、多分太っちょの意味から名前がきているはずだ。
パンタル(太る)のイントネーションとゴロ合がピッタリ、どう考えても偶然とは思えない。
今日も飲み屋で、オットットットー、パンティ パンティーが連呼、オチョコに口付けする。
??
パンティは脱がせるもの?
決して島の年寄りは色気違いではないぞ!
島の古老にパンティちょうだい、と言うと喜ぶぞ。
パンティ行くわよ、と言うともっと喜ぶぞ。

m1384 むんぴる


その内、A君が、B君に対し、「先ほどから黙っていたが、なんで俺を、むんぴるんだ!」と、荒れ出したのである。
むんぴる、とは方言で、つねる、ことだ。
ひかるはすかさず、「よくぞこのような古い方言を知っていたもんだ」と、話題を方言に切り替え、場を治めたのである。
この島では、ぴる、という言葉が、いたるところに出てくる。
珍しい、は、ぴるまさー、になる。
昼は、当然、ぴる、である。
女の子よ、この島は、ぴるだらけだが、売っていないぞ。
島自体がハートの形をしており、温暖な気候、繁殖牛がたくさん飼われ、受胎率は日本ナンバーワン。
すぐ子供が出来ちゃうぞ。
この島へ来る時は、ぴるを忘れずに・・・
ところで、男がぴるを飲んだら、どうなるのかなぁ・・・
ビール同様、酔うのかな、一度飲んでみようっと。

m1383 ひかるをモデルに・・・


それにしても、一万円の子供なら、五千円か?
まさか、千円という訳ではないだろう。
よく考えると、ひかるは聖徳太子と肩を並べる、大大人物だぞ!!!
しかし大蔵省、なんとか一万円以上の紙幣を発行してくれ。
ひかるは、一生、一万円を越えられないではないか。
出来れば、ひかるをモデルに・・・
若い青年二人、A君、B君と酒を飲んでいると、C君の話題、文句で盛り上がっていた。
そこへC君が、「よー!」と、入って来た。
話題は必然的に他の話題となり、アルコールが入り、その内A君が、先程のC君に対する文句話となってきた。
酔った勢いもあり、「お前は第一、自分勝手で、どうのこうの・・」と説教に入ったのである。
C君は、切れるタイプなので、B君はなんとか、その話題を止めようと、色々気を使っている。

m1382 一万円??


その家の嫁は、軍艦の嫁と呼ばれ、孫達は、軍艦の孫と呼び、誰も苗字を使わない。
ひかるが、隣村を散策していると、おばあちゃんが、杖を持って石に腰掛け、休んでいた。会釈をして、通り過ぎようとしたら、まじまじと見て手招きする。
「初めて見る顔だが、あんたは、一万円か?」と言う。
何の事だ??
訳が分からない。
ボケているのか??
名字を言うと、「やっぱり、あんたは一万円だ」という。
そして、一万円の子供だと言う。
訳を聞くと、ひかるの父が生前、魚獲りの名人だった。
注文を聞き、注文通りの魚種を獲って来、売り歩いていた。
漁で稼ぐので、一日いくら稼ぐのだ、と聞いたそうだ。
父は、「一万円に決めている。それ以上獲らない」と言ったそうだ。
その話一つで、翌日からは、一万円というあだ名が島中、伝わったそうだ。
だから、父に似ている、ひかるを一万円、いや、一万円の子供だという。

m1381 ハナ ハナ ハナミー


おい! おい! おじさんと出来て、子供が出来たら、ひ孫だぞ!
だけど、いいか・・
ハナ ハナ ハナミー
今日も、明日もハナミーで行こう。
あなたには、ハナミーいるかな?
本土では、人指し指で鼻を指すと、自分だが、この島では、昨夜肉体関係が出来たらしいよ、とひそひそ話をされているから気をつけよう・・
古老の話によると、昔は名字が無かったそうだ。
そのせいか、この島の古老達は、あだ名をよく使っている。また、あだ名のつけ方が、ユニークで、特徴をよくとらえている。
普通は、大工屋あるいは畳屋、鍛冶屋など、職業による名前を使っているが、結構あだ名を使う場合が多い。
ある、体の大きな巨漢の人がいたそうだ。その人のあだ名は、軍艦とつけたそうだ。まともに名前を言ってもわからないが、軍艦といえば、すぐ島中で通じる。そして、その家は、今でも軍艦屋と、呼ばれているそうだ。

m1380 鼻の穴


民宿の庭で観光客と飲んでいると、二十歳前後の女の子がペアでいた。
島の方言で、親しい間柄、信頼している中、親友中の親友は、パナヌミ(鼻の穴)と表現する。
訳は、人間の体の中で、目や耳、乳、手や足など、対になっている部分があるが、
鼻の穴が一番近い。
奥では一つに連がっているので、極々親しい間柄の事を、パナヌミ、鼻の穴、鼻の仲と呼ぶ。
ちなみに、男女の場合でもこの言葉は使われる。
彼と彼女は、もう出来ている。という場合に、あの二人は、パナヌミだよという。
早い話が、信頼している、親しい関係は、ハナミの関係である。
女の子が、キャーキャーいいながら喜んだ。
おじさん、この言葉使っていい? 
大阪でハナ、ハナ、ハナミ、ブレイクさせるよ!
おじさんと私は、ハナミ、ハナミ!
ハナミの元祖は、南の島のおじちゃんだよと、両隣へ割り込んでくる。

m1379 ハエ叩き


二千キロ先の台風を予測できるのだから、地震は数十キロから数百キロ圏内、かなり精度の高い情報が得られるのではないだろうか。
ひかるは老後、ブログで遊ぼう、と
思ったが、もう一つアリの研究と言うテーマが加わった。
人生、楽させてもらえないようだ。
今日もハエ叩きで99%叩き落せるようになった。
アリ達の食料を確保、アリ達との会話を本気で考える。
ワシは宮本武蔵だ!
ちなみに、ナマズが地震を予測すると言われているが、事実であろう。
しかし、自然界で先祖代々生息している環境の中での事だ。
地震の前の微かな地響きか、水圧の変化で、棲家への影響を読むのだろう。
人間の作った環境や水槽での予測は絶対無理だ。
気象庁、国土交通省、本気でアリを研究しろ!

m1378 予知能力


昨年に続き、大型台風が10月6日に島を襲った。
4日前の10月3日、島は台風の予兆も無く晴れて雨も無い。
いつも通り庭でくつろいでいると、あれれ?いっぱいいるはずのアリ達が、完璧にいなくなり、巣に避難してしまっているのだ。
とんでもない予知能力だ。
確かに普通の雨と台風では量と時間が桁違いだ。
台風の雨が降り出すと庭が水びたしになり、引かない。早めに巣に戻らないと戻れなくなるのだ。
台風はまだフィリッピン沖にあり、何で島へ来る事、超大型である事を予知出来るのか?
これは、とんでもない大発見だ。
間違いなくアリは予知している。
気象庁、国土交通省はじめ、国挙げての研究が必要ではないか。
もしこのアリ達が、地震を予知出来たら?
これはとんでもない事だ。
国を挙げてP波警報体制が採られている。それに3日前に警報発令の予報が出来れば、被害は格段に軽減されるはずだ。

m1377 夜這い女ゲット!!


諦める訳にはいかない、お夜這いさんを待ち続けて、一ヶ月半。
待望の、本物のお夜這いさんが来たのだ!
来た・来た・来たぞー!
台風通過後、どんよりと曇った闇夜の三時、うす目で見ると、昼間すれ違い時、笑顔で話しかけて来た、歳は三十前後で二年前より島に住み着いている、艶やかな一人身の女である。
逃げられるとまずいので、いびきをかく。
部屋の隅で闇に目を慣らせた後、いよいよ動き出した。
夏掛けの裾から潜り込み、しなやかなる指先の動き、当然パンツいっちょうはなんなく剥ぎ取られ、息子は直立不動の万全なる体勢。
なま暖かい風は下半身から全身を覆う。
大波、小波、漕ぐ舟は極楽の境地、奥歯が小きざみに舞い上がる。
あまりの腰の激しい使いに、全身の筋肉が収縮し炸裂、思いっきり突き上げた。
夏掛けがポロリ、と落ちた瞬間。
ギャー 
ギ、ギャーーー
歯っ欠け婆バーだ!!!
閃光が全身を走り、生まれて初めて、夢で失神してしもーた。
南無・ 南無・・
南無・・・・

m1375 結婚の敵!


しかし、その番長は、いじめの代名詞として、島中知れ渡り、最後まで、結婚出来なかったそうだ。
虐めをすると、結婚出来ない、と言う教訓として、今でも語り継がれ、虐めの事をその女の名前で呼んでいるとの事。
おい! スケバンごっこで、番町やってる女いないか。
あなたの噂は男達に知れ渡り、一生結婚なぞ出来なくなるぞ。
虐めは、よせよ。
虐めは、結婚の敵!
それにしても、ノーパン女の夜這い、来て欲しい・・
特に村はずれの一軒家で、チョンガー生活男がコチョコチョ台所に立ち、洗濯にトイレや風呂掃除、膝を抱いて寝ていると、つくずく思うもの。
しからば、念じに念じ、念じ続ければ、お夜這いさんが来てくれるのでは、と・・・
戸の隙間をつくり、真っ暗闇にし、待ち続けると気配がしたので、うす目で見ると、野良猫のお夜這いさん。
翌日枕元に小石を用意し、思い切り命中、以後ピタリと来なくなった。

m1374 女の夜這い


ちなみに、この地区の島に、夜這いは、女がする事になっている島があるそうだ。
夜這いの作法は、ノーパンが原則だとの事。そんな島で生まれ育っていればよかった、と誰も思うだろう。
ノーパンを方言ではマルバイと言う。
女の夜這いはマルバイだー!
あるボス的存在の女で、顔やプロポーションも十人並み。
その女は、島一番の人気者の男を自分が夜這をかける、と周りに案に振れ回っていたそうだ。
番長的存在だから、当然と考えていたのだろう。
ところが、ある女が、その番長には負けじとこっそり夜這いをかけてしまったのだ。
童貞、略奪だ!
さあ、その事がばれて大変だ。
番長は、手下も動員し、事あるごとにその女をいびり、虐めぬいたのである。
とうとうその女は、島にいられなく、こっそり出ていったそうだ。
以後、親兄弟にも連絡が取れず、生涯行方不明だったという。

m1373 蘇えった明子


たった一度、もう一度、自分の姿を見てほしい。この極楽とんぼで、一晩で良いから泊まって欲しいのである。
蘇えった明子は、とても六十に手の届く女性とは思えない。
若々しく、はるか彼方を見つめ、遠ざかる昭二の姿を追い求める踊り、
時にはフラメンコを遙かに凌ぐ激しさ、しなやかな腰の動き、
見る者を怪しい魔の世界へ引きずり込みかねない、艶やかな色気さえ漂う。
お客が明子の踊りを見ると、ジッとしていられない。
一緒になって腰を上げ、激しく踊り狂うのである。
今日も明子は、心のなかで念仏をあげ踊る。
民宿とんぼ 極楽とんぼ。
一度でいいから、泊まりに来てください。
きっと、きっとよ!
民宿とんぼ 極楽とんぼです。
是非、泊まりに来てください。
きっと、きっとよ・・・・・完

m1372 念仏踊


出来るだけのことをやり、詫びようと思ったのである。
詫びて済むような事ではない、明子が幸せになることを願い、手を合わせる日々である。
今日の金曜日も無言電話があり、明子は華やかな気持ちで踊り狂っていた。
明子の踊りには、願いが込められた、念仏踊である。
確かに、昭二のことは、大好きであった。
恋しい昭二、いとしい昭二は、いつの間にか徐々に遠いものとなりつつある。
昭二を思い浮かべると、孫をお風呂に入れる姿、乳母車で散歩、木陰でくつろぐ昭二の姿。
もう今となっては、思いを寄せたとて、叶わぬ夢となってしまった。
世の中を這いずり、惨めな生活を救ってくれた昭二、今では大事な、大事な恩人である。
遠のく恋心、不安でもある。
しかし、親にはぐれた子供が、親を恨み、親を恋しがる、
生きているなら、もう一度会いたい気持ち同様、昭二には、今の姿をもう一度見て欲しい。
今更交わる心は微塵もない。

m1371 社長


二十歳で島を出た時は、着の身着のまま、石垣島、沖縄本島で、日雇い労働者として旅費を工面、少しでもいまわしい記憶のある島から離れたい、と大阪まで辿り着いたのである。
大阪でペンキ屋、左官や土木作業員等転々し、溶接工になった。
暇になると、どうしても島での出来事を思い出す。
忘れるように、人の二倍三倍働きに働き続けた。
溶接工から身を起こし、今では立派な鉄骨屋の社長となったのだ。
社員へ訓示する事は「借金経営はしない、夜駆け、不意打ちはだめだ、
物事は正面からとらへ、筋を通し、正々堂々と行うべし、
迷った時、辛い時は、お互い知恵を出し合い助け合っていこう」
という経営理念を貫いているのだ。
社内外からも太っ腹な立派なリーダーとして、社長として尊敬されているのであった。
自分は今、何の不足もなく幸せ、お金はその気になって働けばいくらでも手に入る。
明子を見た時、自分が起こした事件、その影響は、明子の人生に少なからず災となった事は間違いないだろう。

m1370 無言電話


タレントや有名人も宿泊、話題となって大繁盛。
そしてテレビの取材が舞い込んだ。
明子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。
もしかして、昭二が見てくれるのではないだろうかと考えたのである。
放送後、明子は昭二からの電話を待つが、やはり一度もかかってこなかった。
しかしよく考えると無言電話がかかってくるようになった。
明子はそこで、はっと気がついた。
電話は毎週金曜日夜の8時頃、決まった時間にかかってくる。
その電話は昭二が名乗れずに明子の声を聞くため、かけているのだと思った。
それからの明子は、金曜日になるとそわそわ、丹念に化粧をし、電話の前で正座するのであった。
そして客は、何故か理解出来ないが、この民宿、金曜日8時以降は、酒の無料飲み放題。
明子が、さも楽しそうに踊りまくるのであった。
ちなみに民宿の名前は、極楽とんぼをイメージし、「とんぼ」と名付けた。
毎週金曜日は、お客も入り交じって踊りまくる、極楽とんぼの民宿となった。
昭二は、誰にも身分を明かしていないが、実は大阪で押しも押されぬ、中堅企業の鉄骨屋の社長となっていた。

m1369 恩返し


当時のお金では、腰を抜かす程の大金である。
間違いなく、昭二が送ってきたものだと考えられるが、どうしたものか、考えあぐねた。
思案に思案をした末、この金を大事に使い、いつの日か昭二に恩返しをしたい、と考えた。
結論を出してからの明子は、まるで人が変わった。
当時、旅人がちらほら島にいたが、聞くところ、島の民家にお世話になり、民泊しているとの事。
そこで明子は、大勢の人と会話が出来、大勢の人のために、民宿をはじめようと決断した。
一度決断をすると、そのあとは、もう電光石火。
役場での諸手続き、指摘、アドバイスを受ければ、間違いなく指示通りやる。
生まれて初めての建物、建築関係者との打ち合わせあり。
民宿は素人なので、石垣島の民宿へ正面からお願い。
お金はいりません、是非、手伝わせて下さいと、朝から晩まで、お風呂やトイレの掃除。料理、接客方法などを次から次と、マスターしていったのだ。
島の民家は、台風があるため平家だが、ものの見事、コンクリート建ての二階家の民宿が、一年を待たずに、あっと言う間に完成。
時代も味方したのか、民宿は早々に大繁盛である。

m1368 身の上話


今までの身の上話をポツリポツリ、とかいつまんで話した。
昭二は聞き終わると、大きなため息をもらした。
明子もまた、昭二にだけは一度話したかった、聞いて欲しい事をしゃべったので、肩の荷が下り、ため息をついた。
そして何気なく 「ご結婚は?」とオーム返しに聞いた。
「初めての孫が生まれたばかりだ」
明子は動揺もせず、勿論、それは当然の姿である。
明子の家は村の東はずれにあり、この家に用事のある人以外は通らない。
誰にも気付かれなかった。
昭二は、夜這いの話が再燃し、明子の身にこれ以上災が起きては、とそそくさと帰り支度をした。
明子の縋る気持を振り切り、来た道をとぼとぼ帰る昭二の背中は泣いていた。
昭二は、やはり自分の家には寄らず、そのまま港から四十年前と同じ、誰にも気づかれず島を出た。
後日、明子のもとへ小包が届いた。
差出人住所には全く覚えはなく、昭二からの郵便物には間違いなし。
この郵便物は、明子の度肝を抜くのである。
郵便物の中味は、長靴とカッパ、明子名義の通帳と印鑑、なんと二千万円ものカネが入っていた。

m1367 ドラム缶の風呂


その内、かすかに笑みが漏れたところは、やはり逢いたかった、嬉しい気持ちの方が恥ずかしい気持ちを、寄り切ったようだ。
実は、明子は昭二のことが好きだった。
夜這いがあったあの日、昭二を受け入れ、ささやかな世帯を持ちたいと思っていた。
昭二が後手に、柱に縛られ泣いている時、なんで父親に自分の気持ちを打ち明けられなかったのだろうか。
何度も、何度も後悔をしてきた。
昨夜もトタンに囲まれた風呂場、ドラム缶の風呂に夜空を眺め、昭二に思いを廻らしていたのである。
そんな昭二が、突然目の前に現れ、動揺するのは当然だ。
昭二はまた、アバラ屋を見た時、もう両親はなく、一人身だろう。
先ほど来、自分を毛嫌いすることなく、受け入れてくれている。
もしかして独身で、ずっと自分を待ち続け、今日まできたのではないか。
そう思うと、土下座をし、地べたへガツンガツンガツンと頭がわれる程叩きつけ、謝りたい気持ちで、明子以上に動顛していた。
沈黙が続いた後、無意識のうちに、初めての言葉が出た。
「結婚はしなかったのか?」
明子は、もう開き直っている。

m1366 サングラスの男


明子はいつものように庭での野菜作り。
トマトの新芽の間引きの後、菜っ葉を植えようと耕していると、人の気配がしたので何気なく振り返ると、そこには石垣から首だけをチョコンと出したサングラスの男が覗いていた。
明子は見た瞬間、それが昭二だと判った。
まさか・・一瞬目を疑ったが、まぎれもない。
長い間、待ち続けた昭二。
まさか まさか・・と胸は張り裂けんばかりに取り乱し、逃げたくなった。
昭二は門口まで来ると、明子を見据えたまま「入ってもよろしいでしょうか」という合図の会釈をした。
あまりの突然の出来事に、明子は混乱していたが、大人がやっと二人腰かけられる、小さな縁台へ促した。
明子はどう対応していいのか、もじもじ戸惑っている。
さすが女人で、こんなみすぼらしい姿だけは見せたくなかった。
化粧っけ一つなし、ボロボロの落魄れた姿だ。
恥ずかしい・・ 恥ずかしい・・ 今すぐにでも逃げ出したい・・
しかし、逢いたい、嬉しい、恥ずかしい、諸々が脳裏でチャンプル、チャンプル。

m1365 他所者


そんなある時、島に一人の男が立ち寄った。
手ぶらながら、ネクタイに背広姿、島人の姿とは違うので、明らかに他所者、旅人である。
他の客が船から降り終わった後、一人降りて来たが、人が群がっている所は避け、懐かしそうに探索している。
帽子をかぶり、サングラス、口ひげをはやしているが、そうだ、その男こそが四十年前、夜這い事件を起こした、昭二なのだ。
普通の人は、集落を結ぶ大きな通りを歩くのだが、昭二は防風林ぞいの小さなけもの道を、なつかしそうに回りを見ながら歩いていった。
自分の生まれ育った集落にさしかかったが、集落へ入ろうとはせず、そのまま通り過ごした。
四、五百メートルくらい行くと、そこは明子と出会った小さな森だ。
昔と殆んど変わっていない、自分が草刈をしていた場所と、明子が薪拾いをしていた所は、三十メートルくらいしか離れていなかったのだ。
ふくよかな明子の姿が脳裏をよぎる・・
なぜあの時、明子に声をかけられなかったのだろうか。今更ながら情けない。
しばらくして、昭二は、更に先へと進んだ。
そこには、明子の家があるのだ。

m1364 ビン拾い


明子は、女中以下の扱いだ。
健一は、酒を飲み過ぎたのか、肝臓を患い、六十歳で他界してしまった。
健一の両親は、他所の女に生ませた孫を可愛がり、その女は堂々と出入りする。
姑にはいびられる。
収入がないので、近所の空き瓶を拾い、それで生活するような、乞食同然の生活となった。
リアカーも買えない、天秤棒の前と後ろに、カシガー袋(土嚢袋)で空き瓶を拾い回り、天秤棒担ぎをしている姿を島の人に見られてしまった。
島の親父は、強引に乗り込み島へ連れ戻した。明子五十五歳の時である。
不幸はどこまで追いすがるのか、母は病に倒れ、一年目で他界、父は後を追うようにまた一年後に、他界してしまった。
古い家もまた、台風で吹き飛んでしまったのである。本当の家なし乞食となってしまったのである。
建て直す金などあるはずがない。近所の人が、廃材となったトタンを集め、やっと一人が生活出来る、掘っ立て小屋を建ててくれた。
電気代を払う金もなく、ランプ生活。プロパンガスとて無理、土間で薪拾いをし、煮炊きする生活だ。
あまりにも惨めな乞食同然の身となってしまった。

m1363 明子の結婚


それがまた親父の誇りだった。
結婚をさせ、子供でも出来れば、元の明るい子に戻るだろうと、石垣島の知人に、相手を紹介して欲しいと依頼した。
十歳も年上の健一という男と見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。
健一の仕事は、船の荷役という日雇い労働者だ。
当時は重機がなく、男どもが、蟻の如く沖縄本島行きの船へ荷物を乗せ降ろしをしていたのである。
明子との間には、子供が出来なかった。
それもあったのか、荷役の仕事は、船の出港が午前中の為、朝早く仕事に出かけ正午頃には自宅へ帰るが、酒びたりとなった。
この島にはパチンコなどなく、暇を持て余してどうしても酒に手が出るのである。
酒に酔うと口の暴力、物を投げ、手まで出す始末。
健一の妹がやはり子供も出来ず、出戻って来、姑のいびり。
挙げ句の果ては、健一が外に良枝という女に、子供まで生ませてしまった。
良枝は石垣島生まれで、健一の家族も顔見知り、何のおく面も無く、しゃーしゃーと子供連れで出入りするようになってきた。

m1362 大泥棒


ヤモリなら尻尾を切って逃げるが、へばりついたまま、母親はコン棒振りかざし、恐ろしい形相で、事あらば、と一撃態勢、身動き出来ない状態。
後手にねじ上げられ、家の中に引きずり込まれた。
そして両手を後手に、柱に縛りつけられてしまったのだ。
普通なら説教をし、誤れば解き放つのだが、かわいい一人娘を狙ったにっくき男、親父は気がすまない。
夜が明けると、村中の人に「大泥棒を捕まえたから、顔を見てやってくれ」と、振れ回ったのだ。
隣村からも見物に来、秀雄や久雄などまでがドジしやがったなとニタニタ見物、これ程の屈辱は無い、という晒し者。
親が謝り解き放たれたが、昭二は外にも出ずこもりっ切りだ。
自殺しかねない、見るに見かね、次男の昭二は島からこっそり逃げるように出る、勿論行き先もなく着の身着のまま見送る人も無い。
以後の行方は親兄弟、誰一人とて知る人はない。
あれ程明るかった明子は、以来ふさぎ込んでしまった。
中学生の頃はテニスに打ち込み、地区代表として県大会まで出る程の腕前。
みんなの人気者だった。

m1361 こらあー!!


昭二は夕方森で出会い、今夜自分が夜這いに来る事を予測し、待っていてくれたのではないか、と思われるポーズ、ぶるぶる身震いしながら少しずつ近づいていった。
その時、襖が五センチ程そっと開いたのであるが、人生最高調、絶好調に興奮し捲くっている昭二は、まったく気がつくはずがない。
ふっくらと盛り上がった明子の乳房へ手がかかる瞬間。
予告無し、稲妻なしの突然の落雷!
「こらあー!! 」と親父の怒鳴り声、天井がスピーカーのコーンとなり爆音が部屋中に響き渡ったのだ。
昭二はそれこそ、失神しかねない驚きだが、抜けた腰でも、とにかく逃げた。
隙間にしこたまぶつけたが、抜け出し、東から回って逃げようとすると、親父が先周りし、泥棒、泥棒、と言って、通せんぼ。
身をひる返し、西側から逃げようとすると、今度は母親が、棒を振りかざし、泥棒、泥棒と叫び、はさみ打ちになってしまった。
しからば、石垣をよじ登って逃げようと飛びついたが、酔いがまわっていたのか、すんでのところ、石垣の上で親父にズボンの裾を捕まれてしまった。

m1360 夜這い決行


昭二は、寝ようとしたが、夜這いの話が頭にこびりつき、久雄の夜這いに屈する明子の顔で、悶々と寝られなかった。
夜中の三時、特に意識した訳ではないが、いつの間にか明子の家の近くをうろついていた。
周りはどの家も真っ暗闇で寝静まっている。
先輩の、早くしないと他の奴らに夜這いをされる。その言葉が頭の中で、エコーとなって止まらない。
とうとう夜這いに移っていたのである。
先輩が伝授していた通り、身をかがめ、こっそり家の裏へまわる。
そして、物音一つしないよう、明子の寝ている裏座の戸ををやっと入れるくらいの隙間で開ける。
島の家の造りは、一番座、二番座があり、必ずと言っていい程その裏に裏座がある。そしてその裏座は又、必ずと言っていいくらい外へ出入り出来る構造になっている。
初めての夜這いで、昭二の胸は高鳴り、破裂しそうである。
しばらく目を暗闇に慣らす為、じっとうずくまっていると、なんと明子は大胆なポーズで寝ている。
その姿を見た瞬間、昭二の頭は真っ赤っか。全ての思考力はすっ飛んでいた。

m1359 注意点


「お前ら甲斐性なしだな、この村から先に夜這いかける奴いないのか」
「久雄! お前度胸ないのか?」
久雄はやってもいいかな。と打診をし乗り気になっている。
親父の行動を注意しろ、力仕事で疲れ果てぐっすり寝込んだ夜をねらへ、この空になった二合ビンに水を入れ、戸走りをたっぷり濡らし音が出ないようにしろ、など久雄に夜這いの注意点をこと細かに伝授しているのである。
昭二は、決して明子はこいつらの夜這いを受け入れないだろうと期待しながらも、もしかして、と不安が次々に膨れ上がっていく。
先輩は、俺が夜這いをかけた時、布団からそっと足元に忍び寄ったが、相手は男だった。
その娘は弟と一緒に寝ていたのだ、その日は失敗に終わった。
そこで、運動会の夜、弟が、ぐっすり寝ている時に、夜這いをかけたら、大成功。
あの娘はよかった、おいしかったぞ、と色々と自慢話をし、煽り立てている。
夜這いの話、明子の話題で、その晩は持ちっ切りだった。

m1358 明子の素振り


日本の南端、この黒島ではその昔、夜這いは日常の出来事で、公然と行われていた。
勿論、夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。
昭二は二十歳。隣村の十八歳、明子に、ほのかな想いを寄せていた。
夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、隣村との間にある森へ、牛の草刈リに出かけた。
その森へ明子もまた、薪ひろいに来ていた。二人は森の中で、出会わしたのである。
明子の素振りも決して昭二が嫌いと言う訳ではなく、好意を持っているかに見えた。
明子は流行歌を口ずさみ、さも楽しそうに嬉しそうに薪拾いをしていた。
声をかければよかったのだが、昭二は寡黙で気が小さく、そのまま別れてしまったのである。
夜は村の中心にある大きなガジュマルの下で青年達は、さんさんごご集まって酒を酌み交わす。
昭二も先輩達といっしょに飲んでいたが、話題が夜這いの話で盛り上がっていた。
「おい! 中里村の明子はよ今一番いい、熟しているぞ、誰が夜這いをかけるんだ」
他の先輩が「中里村の秀雄がよあの子に気がある、近々間違いなく夜這いをかけるはずだぞ」

m1357 古老の話


誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生きかえらせることにした。
雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせ、真ん中に穴を開け、鉄パイプで、空気が通るようにし、子供たちにも危険が、及ばないようにしたのである。
コンクリ二階建て、島1番の立派な民宿が出来上がり、営業を開始すると、古老に言われた通り、見事に繁盛したのである。
開業してから2年、今ではお客を断るのが、大変だという。
中には、日程をずらせても宿泊できない、どういうことだと詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと嘆いている。
観光客の中には、その古井戸を見、それは何ですかと尋ねる人もいるという。
これこれしかじか、と話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊出来たんだと、手を合わせるお客さんもいるという。
M君は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り、大変な幸運に恵まれたと、感謝をしているとのことだ。
古井戸や、お客呼び込む、福の神

m1356 閑古鳥


M君は、20年前、二十歳の時に、この島に遊びに来た。
ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。
島の人が民宿をやると、どうしても昔からの島料理であったり、結構虫がいるが、それも全然気にしない。
よってなかなか繁盛しないのである。
M君はかれこれ15年間、コツコツとリピーター客を捕まえ、そして嫁さんも確保、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行した。
土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。
誰かが、埋めた跡が残っていた。
村の古老に話を聞くと、確かにここには依然、家があって、間違い無くそれは、古い井戸であるとのことだった。
その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から、井戸を埋めると、子孫末代まで、いいことがないと、言われている。
その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生きかえらせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。

m1355 珍人生


この島に、30年前に本土から移住してきた人がいる。
コンクリで立派な家を建て、そのかわり冬場しか島にはいない夏場は本土へ帰るのである。
その家が空き家にならないよう、管理の名目で夏場だけY氏が利用している。
当然30年来、島へ来ているから、年齢的にもも50半ばである。
そのY氏の生き方が変わっている。
冬場はどうするかというと、本土のスキー場でインストラクターをしているという。
冬場にインストラクターで稼いだカネで、夏場は、他人の家を自由に使って気ままに生きているのである。
背丈も高く、顔自体も、結構モテるタイプだ。
そして島の民宿とも顔見知りになり、夏場は水着姿の女の子たちをいろんなポイントへ案内したりして、自由に生活している。
自分の家も持たず、結婚もせず、しかも常に若い女達が回りにはべり、不自由しない、ちゃんと人生が成り立っているのである。
スポーツマンタイプで、女性がかなり群がってくるはずだのに、うまくかわす術もあるようだ。
お金が無くても、自由で気まま、しかも女に不自由しない生活を30年も続けられる、まか不思議である。
団塊世代の人達は、働かざる者、食うべからず、としゃにむに働いて家庭を維持してきたはずだ。
そういう人達から見ると、いかにもこんな人生があるのか、一年だけでも体験したい、と感心させられる、珍人生物語であった。

m1354 島の格


また、船の大きさも、定員数も格段に違い、黒島便は小さな船が15便しかないということは、いかにこの島が観光地化してないかということが分かる。
また竹富島や小浜島、西表島などは、ツアー観光のコースに取り入れられている。
黒島は民宿の数も少なく、大勢の団体が来た場合、トイレや休憩所など、とても対応できない。
石垣島の離島桟橋で見ていると、三角の旗を持ったツアーガイドが、大声を張り上げ、ムカデのごとく、竹富島や小浜島、西表島などへ渡っていく。
水着に飽きる?
若い人たちは、どうしても中高年、団体客、ぺちゃくちゃ食べ、スピッツのごとく、しゃべりまくるあの集団には、辟易するようだ。
よって若い観光客が、締め出される形で、今度は黒島へ押し寄せる。
だからスケベーじーさんの言う通り、海岸へ行くと、若いピチピチしたギャルたちが、ごろごろいる。
この島で2、3年も生活すると、誰でも水着に飽きてしまう。
海のない、あまり水着に出会える機会の少ない人達から見ると、嘘だろうというかもしれないが、マジな話だ。
シーズンになると、水着での集落内歩行はやめましょう、との立て看板も熱いので守れない。
また、格安航空券も国内で一番長い距離があるため、割安感があり、東京の人が軽井沢、箱根や伊豆半島へ出かけるように、この地区へ人が集まる。
南島楽園、まだまだ続くようだ。

m1353 離島観光ブーム


そのじいさんがニコニコ笑って、おい! ひかる、この島は格が上がったぞ、と言う。
よくよく話を聞くと、以前は観光客に年寄りが多かった。
しかし最近では、若くてしかも美人だけが、こぞって島へ訪れるという。
だからこの島の格が上がったと、じいさんは主張するのだ。
確かにここ数年で、この島へ訪れる観光客は、若い女の子の比率が格段に上がったことは事実である。
この地区は今、離島観光ブームでかつてない程、沸き上がっている。
石垣市を中心として、黒島には毎日15便ほどの往復便がある。
この島より少し小さいが、竹富島は文化財に指定され、赤い瓦屋根、道路などの景観が観光客に大人気。
黒島の3倍以上、毎日50便が、石垣島から観光客を運んでいる。
隣の小浜島は、黒島よりちょっと大きいが、NHKのちゅらさんドラマの舞台となって、その島も、毎日33便くらいの往復便があり、観光客で沸きかえっている。
また、隣の西表島は、東洋のアマゾンと呼ばれるだけあり、沖縄本島に次ぐ2番目に大きな島であるため、そこも、石垣島より、40便前後の船が往復している。

m1352 スケベーじいさん


南の島には、個性豊かな老人たちが多い。
自他共に認める、島で1番のスケベーじいさんがいる。
水着姿の観光客、女の子達が集まる休憩所へいつもちょこちょこ出かけるじいさんで、若いピチピチした女の子を見ると、すり寄っていく。
あんたは肌が白い、顔立ちにも気品がある、京都の生まれであろう、とかなんとか言って、話しかけていく。
観光客も、明らかに島のじいさんだと言う事が分かるので、別に拒否反応も示さず、また南の島ゆえ、開放的に色々な話をして過ごす。
じいさん、毎日若い女の子のケツを追っかけ、ばあさんにやきもち妬かれないのか、と聞くと「あはー ばあさんは、とっくに死んだよ」
おい おい 生きている人を殺すなよ!
ばあさんが死んでいたら、あんたはとっくに死んでいるよ!
このじーさん、ボケているのか、ばあさんが世話しなければ、生きて行けないはずだが、脳内プログラム、三途の川、いや海の景色を楽しんでいるようだ。
ワシは若い娘たちから、パワーをもらっているから元気でいられる、と本気でしゃべっている。

m1351 くっ付けろ


島の方言で、くっ付ける、は「しびしきる」だ。
しび、はお尻だ。
しきる、はくっ付けろだ。
彼と彼女を、しびしきれ!、は「くっ付けろ」と言う事で、お尻をくっ付けさせろ、と言う事だ。
人間の親しくなる関係、くっ付く関係、同胞関係をお尻で表現する所あるかな?
あれれ!
テレビでお尻をプリンプリン、クレヨンシンちゃんなんて、漫画があるな・・
作者は黒島で発想したのかな・・
世間では、握手をしたり、抱擁や頬をくっ付けたりするが、お尻プリンプリン、ペッタンコ!
あのオバマ大統領がパンツを下ろし、真っ黒い毛の生えたお尻をプリンプリン、丸々阿部総理の真っ白いお尻とペッタンコ、紅白ならぬ黒白ケツでガツーン!と目出度い穴会わせ。
おい!おい! このコーナー日本の想像百景当選だぞ!
超モテモテ男は、可愛い娘がパンツを下ろし、お尻をプリンプリン取り囲む。
おい! いきなりぶちかませたらあかんぞ。
パンツを下ろし、儀式をペッタンコ。
ちなみに、超モテモテ、ワシの周りは尻だらけ。
パンツを下ろし、ペッタンコ。
?? 感触が違うぞ・・
牛だ! 牛だーー!
島は人口二百数十人、しかも年寄りだらけ、牛三千五百頭。
思いっきり股間を蹴られ、虫の息・・・
た・す・け・て-?
人生、甘くない・・の巻。

m1349 セーター


そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては「どこから来たねー」、と探し求める。
もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。
そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。
育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。
良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。
命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。
育造爺ジイーの声が聞こえるか。
会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・
会いに 来たの?に なぜ出て会わぬ・・
僕の?呼ぶ声 聞こえーぬか・・
搾り出すかすれ声は潮騒に沁みていく・・・

m1348 約束


育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻されたそうだ。
昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島へ帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。
世帯を持つと約束した二人の関係はあまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。
育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。
そして歌うのは、かごの鳥である。
良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。
話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。
80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。
会いに 来たのに?なぜ出て会わぬ・・
僕の?呼ぶ声?聞こえぬか・・
今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。
声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー

m1347 二合ビン


育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。
結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。
機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、ひかる、今日はオレのおごりだ!、といって、ふらりと入ってきた。
楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。
「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。
漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。
良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。
二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。
そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。

m1346 殺すしかないさー


いわれたとおり水をかけると、確かに寒いのか、泣き止まる、がしかし、30分もするとまた泣き始まる。
30分おきに水をかけ通したが、人間の体が持たない。
オスのヤギのいるところ知っているので、連れてこようか、というと、奥さんは即座にブルルン、ブルルン、ブルルンと、首を横に振る。
これ以上ヤギが増えたらどうなる、よほど懲りたと見える。
「仕方ないさー、殺すしかないさー」
この後に及んでは、高山夫婦も従うしかない。
しかし、ヤギを殺せる人はそういない。
3人ほど名前を挙げてもらい、頼みに行くと、勘弁してくれとのことだという。
そこでまた育造爺ジイーは、最後の頼みで、ひかるのところへ行けといったとい。
確かに子供の頃、ヤギは食用に飼育していたので、殺した経験はあるが、いまさら殺傷は嫌だ。
あまりの困惑顔に、ひかるの方で3名のうちの一人に、泡盛をしたたか飲ませ、人助けだから、と頼むと、なんとか殺すことに同意した。
ヤギの泣き声が止まった時、うわさが出る。
誰が殺したのか? たぶん殺し屋ナンバーワン男はアイツだろう・・
田舎暮らし、意外と見落としがちなのは、ベッドによるトラブルだ。
去勢する動物病院が、田舎や島にはない場合が多い。
犬を飼っている家があるが、やはりオスやメスだけでは、問題が出る。
かなり凶暴で、誰それが噛まれ、誰それが、噛まれる直前まで行ったという話を聞く。
観光客には、子供連れもいる。子供が、そのような犬に噛まれたら、と考えるとゾッとする。
田舎暮らしを計画している人が居たら、厳重な注意が必要だ。
殺し屋は、そう簡単には見つからないぞ!

m1345 バカバカしい相談


今度は、ひかるの所へ相談に来た。
あまりにも島暮らしのルールを知らない。
バカバカしい相談なので、この問題を解決できれば、間違いなくノーベル賞はもらえる、夫婦で本気になって考えな!
ヤギの糞がいやなら、自分のベットへお招きしろ、と言ってやった。
夫婦は周りに、島人は自分たちの悩みを本気に相談にのってくれない、自分建ちは、移住者としてよそ者扱いされていると、愚痴をこぼしたそうだ。
あんたら馬鹿か!。
そんな下らないことで島の人たちと諍いを超すようだったら、この先が思いやられる。
横浜へ帰って、週刊誌ネタで、井戸端会議をしていろ!
帰ったほうがましだぞ・・・!
高山夫妻のところの、二匹目のヤギがとうとう発情してしまった。
メスヤギの鳴き声は、ますますひどく、1週間おきに、2日間、昼夜を問わず泣き続けるという。
それに今度は、子ヤギが泣きはじめたのである。
高山夫人は、とうとう完全なるノイローゼ状態だ。
今度こそはと、わらにもすがる思いで、育造爺ジイーのところへ相談に行くと、「水をかければいいさー」という。

m1344 オジさん何すんのよ!


メスヤギは、いきなり抑え込まれ,眼をパチパチ、オジさん何すんのよ!と言っているのか、唇ムニャムニャ、あまりにも速い動作に、あっけにとられた顔だ。
そうすると、どういう訳か泣きやんでしまったのである。
高山夫婦は大いに感謝、感激。大事に取ってあった泡盛の古酒と、夜のおかず用に用意してあった刺身を育造爺ジイーに渡した。
育造爺ジイーは、得意満面、「何かあったらいつでも相談に乗るさー」と意気揚々と帰っていった。
ところがところがだ。
2時間もすると、またメーメー泣き出したのである。
前にも増して泣き方が、懇願するようなもの悲しさと悲痛な声で泣いている。
再度育造爺ジイーの所へ行くと、満面の笑顔で泡盛を舌なめずりで飲んでいる。
ジーが泡盛を飲むとケツに根が生え、びくとも動かず、泣き声などまったく耳に入らない。
頼んでも、頭の中は泡盛のことだけでまったく話にならない。
そして言い放った。
一晩くらいは、ヤギと添い寝しな、再度泣き出したら指を2本突っ込め、これを繰り返していると大丈夫だよ!
やぎの糞の中で寝るのか!、バカバカしいと高山夫婦は、腹に据えかね帰った。

m1343 泣くな!!


島に、横浜から移住してきた、50代の高山夫婦がいる。
子供はなく、二人きりの生活で、大きな番犬を飼っている。
それにペットとして、メスのヤギを二匹、飼いだした。
大きい方のヤギが、ここのところやたらめったら泣く、それも、一昼夜メーメー泣き続けるのである。
泣き止むかと思うと、2週間もすると、また夜通し泣き続ける。夜中2時3時であれ関係なく、不眠不休で泣き続けるのだ。
島の人に聞くと、それは発情だろうとのことだ。
さて、困ったことに、オスのヤギがいない。
とうとう3回目も泣き出し、隣近所に対しても迷惑だし夜も眠れない。
そのうち二匹目も泣き出したら、やっとの思いで移住したのに、島にはいられない。
高山夫婦は、困りはててしまった。
育造爺ジイーなら、島のことは知っているし、頼んでみようということになった。
ジイーは、しばらく人から頼まれ事も無いので、即座にOKだ。
ヤギ小屋へ行くと、荒々しくメスヤギを横倒し、な、ななんと、指をメスヤギの熟れたあそこへ突っ込んだのである。

m1342 配達


見晴らしのいい観光休憩所でのんびりしていると、赤い郵便局のバイクが来、顔なじみの配達員が、兄さん、東京から手紙だよ!、と配達してくれた。
東京なら郵便受けへポンで終わりだが、島らしい。
なぜ俺がここに居る事が分かった、と聞くと、民宿で聞いた、との事。
そうだ、民宿の親父は、立ち寄らなくても、厨房で仕事中でも、バイクの音を聞き分けることが出来る。
10分前に、こっちの方へ行ったから、と教えてくれたそうだ。
他にもバイクは走っているが、音が違うし、時間帯により誰が通ったか、見なくても分かる。
島はのどかでいい所だ。
最近、石垣島より若い娘達が日帰りでワンサと訪れれる。
港でカニウマを借り、島内一周して必ず立ち寄るのが、赤いポストの郵便局だ。
そう、この南のハート島のポストに想いを投函すると成就する、と言われ、押し寄せるのである。
ワーリトーリ(歓迎)黒島へ!

m1341 育造爺じー


顎鬚は見事、そして、笑顔が子供のように愛らしき、いつもニコニコしている。
観光客は、半分ボケているとは誰も思わない。
最近島に、外人観光客が増えてきたが、育造爺ジイーは果敢に挑戦する。
「どこから来たね~」と聞き「スイスから来た」というと、私は20年間スイスで生活していたと始まる。
エッフェル塔の眺めは、素晴らしい。上ったことあるかい。
ゼラシックパークという公園では、昼間からよくも、若者がチュウチュウ、キスをして恥ずかしくないのかね。
・・・・???
話は全く通じない。
また、別の外人を見つけ、どこから来たね~、と始まる。
イギリスから来たというと、私は20年間イギリスに住んでいたことがあると始まる。
セーヌ川の高台の高級住宅街、知ってるかと得意になって話をする・・・・???
話は全く通じない。
とうとう育造爺ジイーは外人と話をすることをやめた。
その点を聞くと、
「あいつら、バカだよ」
こんな小さな島へ流れ着くような外人は、学校なんぞ出ていない無学文盲だ。
育造爺ジイーは、芯から怒り出す。
今日も育造爺ジイーは自転車で徘徊をはじめる。

m1340 半ボケ


皆さん、ハートアイランド、ご存知ですか。
沖縄本島から、南へ450キロ。周囲12キロという。ものの見事に、ハート型をした、小さな島がある。
黒島で、別名はハートアイランドと呼ばれている。
この島に、年齢は80歳を越した、いまだに独身の一人の爺ジーが居る。
頭は完璧にツルツル、ツルッ禿げだが、その分あごヒゲはもじゃもじゃ。
目は人一倍小さい。遠くから見ると、どう見ても、顔が上下逆回転だ。
いつも短パンツにランニング姿で、腹がポッコリと出ている。
年のせいか、半分ボケが入っている。
足腰は意外と丈夫でいつも自転車を乗り回し、昼間から島中を徘徊している。
見晴らしのいい、休憩所などで観光客がいると誰かれ構わず、
「どこから来たね~」と声をかけ回る。
爺ジーは若い頃、20年ほど大阪で仕事をし自分の生まれ育ったこの島へ、ふらりと単身戻ってきた。
観光客が名古屋から来た、というと、私は20年間名古屋で住んでいたといい。適当に話を合わせる。
別な観光客が、仙台から来たといえば自分は20年間、仙台に住んでいたことがある、と良い加減だ。
毎日が徘徊と、想像の世界である。

m1338 誘いかけ


しばらく飲んでいたが、またこんどは、別の方向で、星を見に行くという。
姉御役と思われる一人が、どうも自信がない。
こんどこそ間違いなく、金、金を5連発してやると、立ち上がって行った。
こら! この若さで、まだまだ人生を開き直ることないだろ、といったが、どうも耳に入らないようだ。
スレた様子からみて、この二人の女性は、再度星を見に行くと言って、周りの男の子が、いっしょについてくるのではないかと、誘いをかけしているように見えたが、男はだれ一人として、ついていかなかった。
男どもよ! 間違っても、このような女性に捕まるな。
まかり間違ってつかまると、なんで私が貧乏な人生を続けなければならないんだ、と言い続けられる。
結婚しない女性が増えているというが、原因の根本は、結婚に対する金の比重が、以前とは格段に違うようだ。
このような世代に生まれなくて幸せだった・・

m1337 流れ星


南の島の夜、雲一つない晴天、まれに見る、星空の美しい夜の出来事。
民宿の庭で、観光客、14、5人と輪になって酒を飲んでいると、年の頃、30歳を越したばかりと思われる女性の二人連れがいた。
きれいな星空を海岸で、見てくると二人は、出かけた。
しばらくして、きれいな星空が見れてよかったと帰ってきた。
流れ星、見えた、と聞くと、すごい大きな流れ星が、何個も見えた、との事だ。
金、金、金~
年頃の女性なので、さぞかし、流れ星に、ロマンチックな想いを寄せたのでは、と尋ねると。「もちろん、お願いごとしたわよ」
何をお願いしたのと聞くと、もちろんお金よ、と即座に言ってのけ、隣の子もうなずいていた。
「おじさん知らないの、流れ星に、金、金を5回連発できると、金持ちになれるのよ」
・・・・
今の若者の考え方には、夢もロマンもへったくれもない。

m1336 地獄耳


パーティーから、数日後、港であったので、声をかけた。
先日、群馬から、お父さんが、きたんだって、と聞くと、
え! ええ!!、誰から!、誰から聞いたの、私お父さんが島にきたこと誰にも言ってないのに、とびっくりしていた。
おじさん、地獄耳だから、何でも知ってるよ、というと、観念したのか、皆さん、島の良い人に出会えたこと、一生忘れないよと、笑顔で答えていた。
真美ちゃんのお父さん、本当に心配で、仕事を休んで、高い飛行機代出して、様子を見に来たんだぞ。
もっとお父さんに、甘えた方がいいよ、というと、2週間後に、島を離れるけど、島のこと、一生忘れないから、と明るい。笑顔だった。
群馬へ帰ったら、お見合いをして、いい人見つけな、というと、コックリうなずき、私必ずいい人見つけて、もう一度島へ来るから、と自信に溢れた少女の笑顔が返ってきた。
この島は、見事なハートの形をしている。なぜか、この島に滞在すると、心が落ち着き、癒されるという。
真っ赤に燃えた真美のハート、きっといい人が見つかるであろう。

m1335 ファッションモデル?


初めてではあったが、びっくりするような珍、新味だ。
醤油は使わず、ポテトチップスの塩気と、その上に乗った豆腐をほおばる。
これほどの珍味があるのかと思われる、見事なケーキ。
島の若者たちのアイディア、感性には驚かされた。
真美ちゃんが、この島へ流れ着いたのは、1年前であった。
スタイル、プロポーションは抜群で、目鼻だちも、はっきりしており、ファッションモデルとしても通用する、均整のとれた容姿である。
しかし来た当時、どうみても暗いイメージで、いわくありげというか、幽霊が背中にハビリついているのではないか、今にも、岩から飛び降り自殺をしそうな暗さを持っていた。
それが、1年たった今は、これほど変身できるかと思われるくらいの明るさがとり戻ってきた。
誕生パーティーでも、同年代の島の独身男性が言いよってきても「私はあんたとなんか絶対結婚しないから、あっちへ行け」、と脳天からの高笑い、明るく、軽く、相手に不快感を与えずに、あしらう。
誰もがびっくりするような変身ぶりである。

m1334 ケーキカット


この島にはない料理で、石垣島より、取り寄せたばかりだという。
何か祝い事でもあるのかと聞くと、真美ちゃんの27歳の誕生祝だとのことだ。
しばらくして、真美を席に座らせると、電気が切られ真っ暗闇。入り口から、若者が、タンタータタン、タンタータタンと、出来立てのケーキだ、といって入ってきた。
ろうそくがともされ、バースデーの歌が流れ、真美ちゃんが、ろうそくの火を消すとあかりが点けられ、拍手喝采。
そして、ケーキカットの合図に、大きなスプーンが、真美に渡された。
何と、気がつかなかったが、目の前にあるのは、ケーキではなく、実は、豆腐だったのである。
島に、ケーキがないので、出来立ての豆腐が、ケーキに早変わり。
よく見ると、豆腐の横には、波形のポテトチップスが刺さって、デコレーションされている。立派なケーキに見えるのである。
そして、真美ちゃんは、ポテトチップスに、スプーンで豆腐を乗せ、まず口へ運び、ありがとうと、みんなにお礼をし、そして、次から次と、ポテトチップスに、豆腐を乗せ、みんなに配った。

m1333 牛飼い魂


3度ある事は、4度ない、とまたまたトタン板を拾い集めている。
もうトタン板は、屋根の役をなさない。やめた方が良い、と言ってやりたいところだが、、じいさんは意地なのか、やり遂げる。
来年も台風は来るだろうに・・・
おばあちゃん、決して咎めるでないぞ。
きっと来年の夏休みには、孫が島へ来、おじいちゃんの肩を揉んでくれることだろう。
それにしても、80歳の年で屋根に上り、一人でトタンを引っ張りあげ組み立てていく。牛飼い魂は、見上げたものである。
誰にも真似出来ない事だ。
真美ちゃん
島に昼間は軽食、夜は飲み屋になる小さな店がある。
ヘルパーとして23歳の娘と27歳の真美ちゃんが、昼夜交代で働いている。
真美ちゃんは、ひかるの娘と同じ名前なので、いつも呼び捨てにしかわいがっている。
真美も、ひかるのことを父親の如く、親しくしてくれている。
夕方7時頃、店に行くと島の牧場をやっている青年たちが、5人ほど集まっていた。
隅っこの二人掛けのテーブルに座ると、青年たちが手招きをするので同席すると、何とテーブルには寿司と焼き鳥、串焼きが所狭しと豪勢に並べられている。

m1332 源一じいさん


源一じいさんは、夫婦で20頭ほどの牛を飼っている。
夏休みに高校生の孫を、島へ呼び寄せる事を1番の楽しみに、セリで牛が売れると、少しずつ貯金をし、指折り数え、待っているのだ。
昨年、じいさんは、思いきって牛舎をトタン屋根で組み上げた。
完成した矢先、9月12日に、30年ぶりと言われる超大型台風が、島を直撃。
じいさんが組み上げたトタン屋根は、みごと飛んでしまった。
がっかりしたが、気をとり直し、飛んでしまったトタン板をリヤカーを引っ張り、拾い集め、木のハンマーで叩き直し、再度組み上げたのである。
道なき原野をリヤカーで回り、トタンを集め、作り上げた牛舎に、みんなが拍手喝采だ。
ところが、1年経った今年9月、また、昨年に続き、超大型台風が、島を直撃。
源一じいさんの作り上げたトタン屋根は、あっけなく吹き飛ばされてしまった。
じいさんは、諦めない。再度リヤカーを引っ張り、トタン板を集め、また木のハンマーで叩く。
80歳の年寄りが一人で屋根に上り、ロープでトタンを釣り上げ、組上げていく。
その執念には、周りもびっくりした。
ところが、ところがである。やっと組み上げた突端、10月6日に、またまた超大型台風が、島を襲ったのである。
当然、あっという間に、またトタン屋根は吹き飛ばされてしまった。
80歳の高齢だ。
周りも声のかけようがない。
手助けを申し入れても、源一じいさんは、決して、頭を縦に振らない。

m1331 天空橋


まったく使われていないが、滑走路を思わせる訳の分からないとてつもない長い桟橋がこの黒島には残っている。
周囲12キロ、海抜12メータ、ひらべったい島の規模からすると、昔の人のやることは分からない。
昔の出来事、車や重機もなく、すべて人力。超大型台風なると、風は勿論半端でない波が打ち寄せるが、それにも耐え残っている。
島の古代人のエネルギーはエジプトのピラミットに負けないぞー
橋の先端で夜中、日本の南端、ハートの島、天の川を眺め彦星織り姫に思いを走せ流れ星に願いをかける・・
最高のデートスポットではないだろうか・・
ちなみに作曲家が見ていれば、この場所は明け方、干潮時、波の音もなく虫の音もない、勿論車やエアコン風の音などなく、完璧な無音状態が体験できる場所でもある。
ギターを抱え訪れる大者アーティストがいるが島の人は知らないようだ。

m1329 ピーゾー


早い方が、勝ちだという訳だ。そういう意味では、ただ陸上で走りが早いだけではない。
水中をうまく、走るテクニック、方法が重要である。
また、船には、舳先に、ピーゾーと呼ばれる、棒高跳びの竿に匹敵する、竹のさおを付いて、漕ぎ手と、トウージーと呼ばれる、かじ取りと連携する。
返しの場合、ウーニーが、船からとび降りる合図を、かじ取りが出す。舳先のピーゾーと、かじ取りが、強引に船を方向転換しないと、ウーニーは、船の下敷になる。
そのタイミングが、危険極まりない状態だが、そのために、漕ぎ手に、指示を出し、ピーゾーに指示を出す。
飛び降りる瞬間をウーニーへ指示するのが、トウージーと呼ばれる、かじ取りの重要な役目だ。
また、Uターンをするとき、旗を船に取り込まなければ、失格である。
かなりスピードが出てる船で、旗を取れる状態で、Uターンさせる。
50センチでも離れれば、旗が取り込めない。そこが、トウジーの1番重要な役目だ。
前回、トウージーと、トウジ(妻)の話をしたが、その辺に、つながりがあるようだ。
このウーニーハーリーの方式は、ほかにはなく、日本国内ではこの黒島にしかない。
中国のハーリーにもない、なんでこの島にしかないのだろうか?
この島は、かなり古くから、他には影響されない、独自の文化があったのではないかと、推測する原点である。
昔から南の島に伝わる、このウーニー、トライアスロンの原点ではないだろうか。

m1328 豊年際


黒島には、かなり古くから伝わる、豊年際の、ハーリー競争がある。
ハーリー競争は、中国や沖縄本島、石垣島や周りでも行われているが、この黒島の場合、かなり違った行事である。
船を漕ぐ競争だけでなく、ウーニーと呼ばれる、走り手、その競争が、かなりメインの役割をする。
写真は、ウーニーの姿で、ふんどしの部分は、肝心なところをやっと覆いつくすばかりで、ケツの方は、ぐるぐる巻きに束ねる。
割れ目に食い込み、下半身がむき出しの状態だ。
もちろん、上半身もごらんのとおり、軽装で、このウーニーに選ばれることは、走りが早く、非常に名誉なことである。
ヨン様以上の人気者だ。
ウーニーは、強いすね、の意味で、健脚、ということで、そこにも英語が相通じる方言が、見え隠れする。
ウーニーは、村長から杯をいただき、腰くらいまでの所に待っている船に、砂浜、浅瀬を走り、飛び乗る。
そして船をこぎ、沖合にある旗をとって、Uターンする。
帰りは、船にスピードが付いているため、深さ胸元くらいの所で、ウーニーは飛び降り、両手で水をかきながら、浅瀬、砂浜、そして、村長のところへ来て、手をタッチする。

m1324 男を求め過ぎた女


ヤマトウ嫁が民宿をやると、大繁盛する。
料理や観光客の心を理解できるためだろう。
古老が呟いた。
20年も前だが、20才前後の女が島へ来、島男とどうしても結婚がしたい、男を紹介して欲しいと頼み回ったそうだ。
十人並みの容姿で問題ないが、何かいわくがあるのか? 頭がおかしいのか、と誰も相手にしなかったそうだ。
ヤマトウ嫁が活き活きと活躍する姿を見、あの娘は20年先の今を見通していたのでは、決して頭が可笑しかったのではない、あの娘が民宿をやっていれば、今頃は島一番の民宿になっていただろう、島として大きな損失だった、としみじみ呟いた。
ひかる! 今からでも遅くない、島には40代、50代のチョンガーがいる、その娘を探して来い、と。
お~い!! 心当たりの人、いるか?
足腰は弱っているが、最後の力を搾り、島ジーが一肌でも二肌でも脱ぐ、と言っているぞ!
今一度、島ジーの所へ行ってくれ!

m1323 ブタバコ行きだ!


そのばあちゃんは、にっこり笑って、「あんた! 私に惚れたね!
久しく絶えていたが、今夜はいいよ!」とにじり寄ってきた。
おい!、ばあちゃん勘違いするなよ!
90歳を過ぎ、三途の川へ片足つっこんだ、ばあちゃんに乗ったら、オレはギネスブックに載るよ。
最中に、いく~、いく~、と逝かれたら、ブタバコ行きだ!
くわばら・・くわばら・・
とりあえず、快楽どころか、葬式のことが頭をかすめ、逃げ帰ってきた。
偽ミンク
この島では、気温が10度を切ると、近海の魚が、凍死して浮き上がってくる。
いちばん寒さに弱い魚は、フクラビと呼ばれる、カワハギである。
立派な皮を纏い、見た目は寒さにいちばん強そうな魚が、いちばん弱い。
カワハギ! お前は、イミテーションのミンクのコートを着ているのか。

m1322 垂れ垂れオッパイ


島のじいさんと飲んでいたら、今の女のオッパイは、なっていない、あの格好はなんだ、と怒っている。
わい談でも始まるのかと思うと、真面目な話のようだ。
昔の女は、オッパイを長く長く伸ばす訓練をしていたんだぞ。
子供を背負い、オッパイを欲しがったら、肩へちょこんと乗っけ、子供にオッパイを飲ます。
その間、手仕事ができる。いちいち抱いていたら、乳を飲ませる、2時間が無駄になる、乳の垂れ具合で、働き者のいい嫁か、決まったと言う。
おかしな話もあるもんだと、聞いていると、隣に60代のおばちゃんがいて、この話は本当かもしれないぞ。
自分の亡くなった母は、本当にオッパイが垂れ下がって、肩にのっけられるくらいの長さだったという。
そう言われてみると、この話本当なのかなー?
アフリカの原住民の女性のオッパイがかなり垂れ下がっているが、もしかして、この話のとおり、延ばし延ばしたのかな。
ある日、90歳を過ぎたおばあちゃんに、どうしたら、オッパイを長々と延ばせるのか、と聞いてみた。

m1321 犬の糞


しかし、男は屈強な恐ろしい犬、3匹に引っ張られ、一生懸命、犬の糞を処理している。
あなたは、この二つの姿を見て、どの道を選ぶのか、本気で考えて見ろ!
あなたの鼓動、今の一鼓は、もう後戻りしない。
のんびりしている場合ではない。あなたは今、一刻一刻、白髪、シワ、禿げの世界へ、一歩一歩近づいているんだぞ!
もう一度、めん玉ひんむいて、土手を見ろ!
そして、胸に手を当て、己の鼓動と、冷静に、会話しろ!
まさかお前の両親は、お前を犬の糞拾いに、この世へ誕生させた訳ではあるまい。
 人生の 喜怒哀楽に ロマンあり
 若者よ 思い残すな 明日は華
 貴方には 誰にも盗られない 知恵がある
 貴方には 誰にも止められない 鼓動がある
 これしかない!
 己の人生ドラ マロマンを持て!
 そして
 命を張れ!
 命を張れ!

m1320 フリーター


片や、学は、昼間は、掃除、炊事洗濯など、お手伝いに、やってもらえるかもしれないが、夜はひとりでチクチク痛む肝臓をさすり、不安な日々。
寝ても覚めても、頭の中は、札束が飛び交っている。
布団に入って、横に寝るのは猫だ。
夢枕には、金の延べ棒で出来た階段を、一歩一歩上がっているだろう。
一歩一歩、あの世へ近ずいているんだぞ!!
これから先、この男の頭は、正常化するのだろうか。
少子化の影響なのか、親の遺産を当てに、フリーターを誇らしげに自慢する人に出会う。
冒頭に出会った、文京区の青年は、最たるもので、ひかるから見ると、己の人生を無駄にする、許せない輩で、怒り心頭だ。
おい! めん玉ひんむいて、よく見ろ!
土手の川風を涼やかに受け、夫婦が、孫二人と手をとり、心豊かに、優雅に散策している。
対岸には、男がリュックサックに札束を詰め、周りをキョロキョロ警戒しながら歩いている。
後からは、悪しからぬ輩が、なんとかリュックサックの中身を、少しでも掠め取りたいと見え隠れして附いてくる。

m1319 信頼


塩を撒いたはずの男が、今や心から信頼できる婿として、同居する。
安心した親は、都心の一等地と建物を遺言で、女房に譲って、あの世へ旅立っていったのである。
ひかるは常々女房に言っていた。
お金は、生きるための道具にすぎない。
お金は、幸せになるための小道具にすぎない。
金の亡者となり、金の奴隷と化すべきではない。
貧しくても、心豊かに、優雅に、生きられる方法がある。
と言って、つつましく生きてきたのである。
女房も財産が転がり込んだからとて、ブランド品を買いあさるわけではなし、孫たちの成長をいつくしみ、楽しんでいる。
孫はかわいい、ジジ、ババと、マクドナルドへ行くのが、1番の楽しみのようで、ハンバーグをほおばる横顔を見ていると、毎日が楽しい。
一緒に風呂に入り、ジジ、ババの買ってくれたパジャマだ、と言って、ウルトラマンのパジャマを着、ウルトラマンのパンツを着て、フトンへ潜り込んでくる。
スヤスヤ寝息を立てる横顔を見ると、幸せの極地である。

m1318 貧乏王国


貯金が4万円しかない、これからどーやって生活する!
どうせこれからも母子家庭に間違いない。
あなたなどいない方がいい。
出て行け! と怒鳴ったのである。
あなたなど貧乏王国へ行けば、即大統領になれる、すばらしい人だ。
もうこんな生活はイヤだ!
それでもひかるは、コツコツと働きに働き続けた。
子供達にも、祖父母の存在は必要だろうと考え、女房の実家とも丁重に、頭を下げ、和解した。
女房の実家側からすれば、最初に、沖縄という、想像できない所の人間で、まず拒否感が出たのであろう。
それなりに家庭を守り、またテレビ業界での仕事ぶりは、大きな評価を得て、塩を撒き付けたはずの男が、いつの間にか神棚にあげられるような大変な信頼ぶりである。
女房一族のドンが亡くなったときには、献杯の音頭は、あなたしかいないと、音頭を取らされる信頼、急変ぶりである。
もちろんひかるは必死に働き、マイホームを構えていたが、女房の親が年を取り、足元もおぼつなかったので、親の面倒は、子供が見るべし、と嫌がる女房を説得し、同居に踏み切ったのである。

m1317 子孫


投資した金は、半分に減ってしまったのである。
それからというのは、親からもらった財産を半分に減らした分を、なんとか元にもどすんだと、さらにお金に対する執着、そして呪縛は、日を増すにつれ、膨らんでいった。
とうとう60を過ぎても、結婚できなかったのである。
それでもまだ五億くらいの金は背負っていたので、もうお金のことは、諦めろ。老後を楽しくすごそう、と言ったが、全く聞く耳を持たない。
母親もなくなったこれから先、自分が死んだら、この財産、どうなるのだろうかと、不安がっている。
また若い時、金に任せ女遊びをし、酒を飲んで肝臓まで患ってしまい、不安な毎日を過ごしているそうだ。
ちなみに、渋谷で億ションを買って遊び呆けていた、姪ごたち、中山家の人たちは、誰1人として、子供ができなかったそうだ。
金に狂った1族だと言わざるを得ない。
ひかるは、アパートを転々とし、引っ越し貧乏を繰り返していた。
仕事が忙しく、徹夜の連続か午前様で、朝は子供達が目覚める前に、出社する。
子供達が、父親を怖がり、近寄らない状態。
あまりの貧乏さに、ある時女房が怒鳴りつけた。

m1316 決断ができない


数年後、学が35歳になったころ、母親から嫁探し、お見合いの相手を見つけてほしいと頼まれた。
友人のためと思い、あちこちに声をかけ、2度も見合いをさせたが成立しなかった。
相手はなんの非の打ちどころもない。すばらしい女性で、成立しないということはおかしい。
本人を捕まえ、とことん本音を聞いてみるとびっくりした。
女は、自分の背負っている金、財産が目当てだ。
そんな女に子供ができ、子供にまで財産を持っていかれるかと思うと、どうしても決断ができない、という。
お金の亡者、呪縛に縛られた人間の頭の中というのは、そういうものか、と呆れ果ててしまった。
以後、ひかるは2度とお見合いの段取りはしかかったが、周りの友人も、同じ経験をしているから、誰1人として、学に結婚を進める人はもういなくなった。
学はゴルフが好きで、金に任せゴルフ場の会員権を北海道から九州までくまなく買いあさっていた。
先行投資で、いずれ倍、倍になると自慢していた。事実それは、ある程度倍くらいにまでなったようだが、しかしバブルがはじけてしまった。

m1315 管理人


有名な銀座の老舗の息子夫婦だとか、新宿の高級クラブのママさんだとか、1応、自他共に金持ちと認じる人ばかりである。
そういう人達から見ると、明らかに若くて、家賃のでない、マンションの管理人をやってる人間なんぞ、見下げた貧乏人に見えたのだろう。
隣人同士のいざこざ、上下階のいざこざ、トイレが詰まっても、管理人の責任だとか、やたらめったら無理難題を押し付けてくる。
下の階からの焼き肉の匂いを、あれは我が家に対するあてつけだ。なんとかしろ、と言ってくる。
とうとう女房が、初めての子を流産してしまった。勿論、住人は流産したことを知っているが、優しい言葉をかけるわけでもない。
貧乏人など子供を作る資格がない、と言わんばかりに輪をかけて自分たちの争い事を管理人に押し付けてくる。
お金があれば、心豊かに周りに温かい目、優しい言葉がかけられるものだと思ったが全く逆だ。
金持ちは、人間としての情が金に奪われてしまうものだ、としみじみ感じた。
その後、妊娠をしたので出る決心をし、アパート生活に戻った。

m1314 20歳で20億円相続?


ちなみに本家の姪たちは、20歳前だと言うのに二十億もの資産をもらい、渋谷駅近くに億ションを購入。優雅に遊び呆けているとのことだ。
ひかるの新婚生活は、女房の実家にも反対され、それこそ三畳一間、電化製品ひとつない。貧乏どん底からのスタートであった。
木造で、歩くとミシミシ音がし、トイレはポットン便所の安アパート、夫婦で共働き、やっと家賃が払えるという生活だ。
勿論ひかるは、テレビの世界で仕事をしていたが、当時は白黒放送で、給料など、1般の企業の社員に比べられない、どん底生活であった。
ボーナスが入ったら、洗濯機を買おう、その次は、冷蔵庫、テレビと、夫婦で夢を描き、必死で働いていた折、学が、自由が丘に五階建ての賃貸しマンションを建てたので、管理人をしてくれないか、との話。
家賃はただでいい、との話だったので、これ幸い飛びついた。
ただほど高くつくものはない。この管理人の仕事。とんでもない結果を生むことになる。
当時マンションという言葉は、聞き慣れない言葉で、走りだったのである。
もちろん家賃も高かったので、入居者はハイクラスの人ばかりだ。

m1313 血統犬


外国製のカマロだとかいう、わけのわからない外車を乗り回していた。
日本の車は、ドアを閉めたときの音が軽すぎる、といって、重厚なドアの音のする外車を次から次と乗り回していたのである。
親父を早くに亡くしており、母と2人の生活だ。
邸宅へ誘われていったが、屋敷の前には、外車を収納できる車庫があり、門の横には、鉄格子で囲った、立派な犬小屋だ。
ひかるの生活、犬以下だ。
この犬がまたデッカイ、3匹もおり、人間なぞひと噛みで殺しそうで、それこそ血統書付のいい犬だという。
家の中へ入ると、そこにはまた、青い眼をした、ペルシャ猫だとかなんとか言っていたが、これまた血統書付の高級な猫だというのが3匹ほど、母親が可愛がっていた。
家のなかの家具や調度品は見たこともない、皇族のお宅ではないかと思われるようなしつらえだ。
泊まっていくようにと勧められ、泊まった。そこには全く見たこともない、そのために作らせたのかと、思われるような本棚があり、そこには、とんでもない百科事典等が、びっしり収まっている。
母親は、上品な女性で、何人かのお手伝いを雇い、家の中や庭など、きれいに作り上げていた。
なんでそのように、金があるのかと聞くと、学の祖父は次男ではあったが、長男を手伝い、その昔造園業をやっていたという。
貯木のため、原っぱだった土地をかなり持っていたので、兄貴に分けてもらったとのことだ。
その土地はあれよあれよという間に値上がりし、手がつけられないほどの大金が転がり込んできたという。

m1312 怒り


ひかるも生まれて初めて他人さまに馬鹿にされ、コケにされる屈辱感は味わったことがない。
当時、沖縄生まれでパスポートを持っている。自分でも劣等感は感じていたが、それをもろに罵られると、人間の感情は火に油を注ぐようなものだ。
こんな人間、生きている価値がない・・ぶっ殺してしまえ!
それくらい憤りを感じた。
しかしふるさとで、今日もヘラで草取りに汗を流し、爪に火をともして生きる両親の事を考えると、息子が東京へ出て殺人を犯した、なんて白い目で周りから見られて生きるのは、あまりにも酷だ。
悔しくても、侮辱されても、頭を下げ続けたが、結果的に、許してもらえなかった。
彼女が、親兄弟、親戚含め、すべて縁を切る、1緒になろうと言ってくれたときは、涙が止まらなかった。
ひかるは一生、彼女を路頭に迷わす事はすまい、と心に誓って、新婚生活をスタートさせた。
新婚当時、女房の友達を含め7、8人の仲間で、同年代とあってよく飲み食いをした。
その中に1人、独身の中山学がいた。
学はとんでもない男で、十数億もの資産を持ち、自由が丘の邸宅住まいだ。

m1311 着のみ着のまま


ひかるの息子は34才、子会社、下請会社を使いこなしバリバリ働いている。
今の時代はどうだのこうだのと、親父に説教するくらいのバリバリ、毎日が充実しているようだ。
軽い男に言い聞かせる気などさらさらないが、つい経験した犬の糞物語を話してやった。
ひかるは高校卒業と同時に、周囲12キロ海抜12メータという、日本の南端の小さな島から、着のみ着のままで上京した。
昼間は必死で働き、夜学の後テレビ界へ就職した。
その時知り合った東京生まれの東京育ち、江戸っ子の彼女と出会うことができた。
結婚の約束をし、相手の親のところへ挨拶に行くと、猛反対だ。
当時、沖縄は日本国ではない。米国統治下で、パスポートを持っており、ましてやひかるの生まれ育った島など、日本の地図には載っていない、
彼女の実家は、代々手広く商売をしており、嘘かまことかは分からないが、皇族にもつながる由緒ある家だと言っていた。
そんな家柄が、ひかるみたいな見た目も格好も、田舎者。ましてや、沖縄となると、反対するのは当然だ。
座布団を投げつけられ、しまいには、塩をまかれるありさまだ。