c1010 一家離散


経済的、精神的にもまだ暗いトンネルの中、上京は、誰が考えても無理な相談。
心の内を父に相談すると、「自分の思った通りやればいい・・」と一言。
しかし周りは大反対、年老いた両親と、足の悪い妹を島に残し、なんで東京に出るんだ!
せめて、沖縄本島位にしたらどうだ・・
無口な父は、ただ黙っているだけ・・
人間は、一度不幸のどん底に落ちると後がなく、怖いものがなくなるのだろうか・・
これから先、一家は離散、それぞれの幸せをコツコツと築き上げて行ったのです。
空路が開かれた今では想像出来ませんが、当時、上京するには、黒島から朝一便の船で石垣島まで行き、夕方、石垣を出港し、翌日の昼頃那覇港着、夕方那覇港を出、東京の晴海埠頭まで、3泊4日、便数も週2便しかなく更にパスポート持参での上京。
もし、危篤の知らせがあったとしても、帰郷するには最低一週間は必要。
ニキビだらけのあどけない顔の少年ながら、決して死に水は取れないだろうと、覚悟しました。
両親を前に、生き別れの杯を交わさせてくれと頼み、別れの杯を交わしての旅立ちとなりました。

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