b1240 大河ドラマ

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そう、ひかるとMカメラマン コンビはいとも簡単にそれを実現したのである。
両局の視聴率を合算するとレギュラー番組で常に大河ドラマを上回っていたのだ。
ひかるが、あの東大卒駿腕ディレクターと、一歩も引かない覚悟で臨んだ裏には、この読みもあった事を書いておこう。
タケシのスタジオ収録部分は日テレ局社員制作、完璧とは言えないが、ロケに頼る点も大であった、おまけ解釈。
日本テレビさん、ごめんね・・・
絶滅危惧種で、天然記念物イリオモテ山猫は西表島にしかいないが、実は石垣島にもいたと言う説もあるが、この黒島にも60年前頃まで生息していた。
黒島でこの山猫を見た人は最近他界したので今ではひかる只一人しかいなくなった。
この山猫は普通の野良猫と比べ、顔がまん丸くてシッポが太くて短い、足も短い、いわゆる短足ずんぐり型だ。
顔が丸いのは顎の筋肉がかなり付いているのだろう。足が短いのもかなり筋肉が付いているせいで短く感じられるのだろう。
運動能力は通常の猫の域をはるかに越えている。

b1239 初心者

テリーはまだ初心者、タケシとの間を取り持ち充分なるホロー体制を取るように、とMカメラマンに指示。
軌道に乗っていったのです。
当時、雨傘番組だと手を抜き、二流カメラマンを当てるのが普通だが、キー局のゴールデンカメラマンを裏番組、当面の敵局に惜しげもなく当てる。
ひかるがいかにロケの映像を茶の間に届ける事を重視していた分かるだろう。
またこの番組では各メーカーの試作機を次から次と取り寄せテスト。
ノーハウは後のオールロケねるとん番組へ繋いでいったのである。
テリーは、ひかるがロケの統括としてバックに控えていたから、社会人初の大きな番組のディレクターが勤めあげられたのだ。
タケシもこのMカメラマンがいたから軌道に乗ったと言っても過言ではないだろう。
民放に勤める人なら誰もがあの巨額の予算とキャスティングで展開する大河ドラマを凌ぐ番組を作りたい、と思うがレギュラー番組では実現していない。

b1238 強化策

機材は各メーカーが協力体制を採っているので時間の問題だろう。
問題は完璧にテリーに反発しているスタッフだ。
帰りに焼鳥屋へ立ち寄り、この番組は思い切った強化策をとる、と切り出すとM君は、怪訝な顔をしていた。
カメラ、音声、VTR課の課長がすべてスクラムを組みスタッフを出さない事になっている。
ひかるが部長命令を出したとしても社内事情は無理だと分かりきっている。
業界にはボツボツフリーでやっている人がいるはずだ、彼たちを動員しよう、と言うと、やったー、と膝を叩いて納得。さすが、と握手をしてきた。
ゴールデン番組なので技術料は割り増し払いの触れ込みに、一気にスタッフ問題は解決。

b1237 猿の温泉

残るはひかるがロケ総責任者として一括すべし、との事になり会うことになった。
会ってびっくり、彼は童顔でどう見ても学生アルバイトではないのか、いかに雨傘番組とて、と思わせる状況。
更に火炎ビン事件直後なので、斜視があまりにもひどかった。
そして赤面、猿が温泉で真っ赤な顔をしている状態。
更にどもりのひどさ、どどど・・もも・・・り・・と言う感じで、唇の両端には白い泡だ。
ひかるも人前でのしゃべりが苦手で、一括どころか、目の前のあまりの出来事に、つい同情の念が先立ち呆然と忘れてしまった程である。
彼の学生時代の同僚なら、なるほど分かると言うはずだ。
今の彼からはまったく想像出来ない。
静かに耳を澄ませ聞くと、言っていることに理はある。この男を潰す訳にはいかない、ホローしようと、感じたのである。
ひかるは当時、東芝、日電、ソニー、池上通信機など国産ロケ用カメラ、レンズはキヤノン、フジノン、音響はワイヤレスの開発などかけずり回っていた時期だ。
テリーは技術がついてこない旨を言っているが、一番ひかるがロケ機材の開発を急ぐべし、と感じていた時期だ。
ひかるは一括どころか何一つしゃべらずに帰った。

b1236 番組革命

当時ねるとんの時間帯はなかなか視聴率がとれない、売り物にならない死に時間帯で、それを何とかしたい、と模索の末の企画。
そのヒットにより、他の曜日の同時間帯にも火がつき大きな利益をもたらしたのである。
また前にも記したが、カメラとVTRを4台パラ回しで多重記録する事により、オールロケでいとも簡単に番組が出来る事を証明。
以後ロケ番組が軌道に乗り番組革命が出来たのである。
テリー伊藤君の若き頃を書いてみよう。
彼は学生運動の火炎ビンで斜視になった、と他のブログで書いてあったので書くが、卒業直後タケシの元気が出るテレビのディレクターだった。
勿論番組作りは初めてで、ロケの技術を受注したのがひかる。
スタート時、テリーはあまりにも番組作りを知らな過ぎる。
番組にならない、とスタッフが総スカン、立ち往生してしまったのである。
Mカメラマンにはゴールデン番組なので決して手を抜かないよう指示はしていたが、とうとう彼ですら限界を超えた。