b1155 二十歳の夢

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「この工場の地には、俺の汗が沁み込んでいるんだ」と言った言葉は、忘れられません。
共に少年時代を南の小島で過ごし、体一つで上京、二十歳の夢を語り、貫き通した二人。
「夢は実現出来るものだなあ・・」としみじみ。
「いつまでも、老少年で生きよう、旨い酒を飲もう・・」と、年に数回酒を酌み交わし、今だに未来を語り合う、弥次喜多道中の男同士。
いつの日も、友は宝だ、ライバルだ!
現在、人口5万人の八重山地区からは、著名な人達が数多く輩出しています。
中でも、昭和39年から12年間、早稲田大学総長を勤めあげた大浜信泉氏は、この地区の誇るべき、師として仰ぐ大先輩の一人。
師が声を大にし、「人は生まれた所で、価値が決まるものではない!」と言った言葉は、師ならではの、含蓄のある、奥深さを感じさせてくれます。
おそらく上京当時は、若く、命を賭けた、決死の時代だった事でしょう。
そして、激苦の人生を歩まれ、この言葉に表現されたのではないだろうか。

b1154 二十歳の夢

小さな島から出て来た青年には、成人式とて、誰も祝ってくれる人はなく、同郷の親友と二人、着飾る同年代を横目に、お金のかからない新宿御苑へ出かけ、二十歳の夢を語り合いました。
ひかるは、テレビの世界で生きて行く事を表明したのは、当然。
親友は、人に使われるのは嫌いなので、人を使う人間になる。
すなわち、社長になる事を表明。
当時、沖縄出身者だと、パスポートや身元保証人問題等ハンディキャップもあり、条件の良い会社へは、なかなか就職出来ず、使われる身で、よほど悔しい思いをした事でしょう。
30年後、親友は、立派な大社長になっていました。
いち早くコンピューターを導入、ステンレスを設計図通り、自由に曲げる技術を確立し、列車や飛行機の厨房システム、ホテルの大型厨房システムなどの特別注文品を作れる会社を設立し、二十歳の夢を見事に実現して見せのです。
小さな島から着の身、着のまま上京、金やコネ、頼れる人とでなく、自分の夢を追い続け、寸分の狂いない技術を確立するには、どれだけ知恵を絞り、徹夜をしたのだろうか。

b1153 ギッチョ

ひかるは、いきさつが読めたので、種明かしを、次のように説明した。
スローは車のシフトレバー同様、左手のレバーで微妙なコントロールをする。
右手は何台かあるカメラの映像を瞬時にセレクト。
問題は左手の微妙さ、である。S君はかなり完璧な左ギッチョだ。
面接時、書類を書かせると、普通ならバレるが、右手で書いた人と見分けがつかなかった。
彼の左手に注目したのだ、と話すと、Fディレクターは、膝を叩いて喜んで、納得。
一人走ると、他のメンバーもやっきになって、頑張る。
S君はバレー、サッカー、Kー1、競馬などあらゆるスローに引っ張りだこ、第一人者となって行ったのである。
往年の野球フアンなら、ある時期から日本のプロ野球中継が一気にレベルアップ、球場で見るよりテレビ観戦が楽しい事、思い出すでしょう。
以後、全局が、負けじと切磋琢磨、お茶の間の楽しみである。

b1152 ペナルティー

しばらくして、Fディレクターより「こんどの中継、他の中継とダブリ、スタッフ不足なので、S君は一応座らせる」と連絡。
当日はまた、海外ロケ帰り班より成田から電話、いつもの飲み屋でトラブル処理していると、九時半を回った頃、Fディレクターより「帰るな、待っていろ!」との電話。
しまった! 野球中継をモニタリングしていなかったのである。
声からして、S君がドジリ、ペナルティーの話まで行くのか、と覚悟。
待っていると、息せき切って入って来るなり「キヤツ(S君)はとんでもない奴だ!」と切り出す。
「申し訳ない!」と頭を下げると、「いやいや、そうじゃないんだ!」と言う。
今まで、誰も出来なかった事を、いとも簡単にやってのける。
解説に合わせ、微妙なコマ送りや戻し等、平気でやってのけた、と興奮しているのである。
あれだけ頑固に外さなかった、それなりに自信があったのだろう。
どこで、どうやって訓練したのか、としきりにトレーニング方法を聞く。

b1151 男は引かない!

Fディレクターに紹介すると、「見た事ない顔だが、今迄どういう番組を経験したのか」と聞かれたので、「S君は中途採用したばかりで、番組経験はありません」と言うと、烈火の如く怒った。
野球中継は、ゴールデンタイム中のゴールデン番組、それなりに経験者、かなりの熟練した人でチームを組んでいる。
そんな事など常識だ! 頭数さえ揃えばいいというのなら、アルバイトでいくらでも捕えられる。
所詮、無理だから、即、外せ、との事だ。
しかし、ひかるは外さなかった。
半年が過ぎても、S君はスタッフとしては認められず、中継車の外から、窓のガラス越しに中を見ているだけだ。
また、いざ本番となると、中継車の中は、肩がぶつかる程狭く、怒号が飛び交う真剣勝負で、ちょっとやそっとの人では、その雰囲気にビビル。
とうとう、S君本人から、あの雰囲気には、どうしても入れそうにもない、外すして欲しい、と辞退だ。
しかし、ひかるは頭を縦に振らなかった。
「一年間、ムダメシは覚悟している、来年はオープン戦から正規メンバーとしてやってもらうので、黙って見ていろ!」と。