m1349 セーター


そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては「どこから来たねー」、と探し求める。
もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。
そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。
育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。
良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。
命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。
育造爺ジイーの声が聞こえるか。
会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・
会いに 来たの?に なぜ出て会わぬ・・
僕の?呼ぶ声 聞こえーぬか・・
搾り出すかすれ声は潮騒に沁みていく・・・

m1348 約束


育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻されたそうだ。
昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島へ帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。
世帯を持つと約束した二人の関係はあまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。
育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。
そして歌うのは、かごの鳥である。
良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。
話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。
80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。
会いに 来たのに?なぜ出て会わぬ・・
僕の?呼ぶ声?聞こえぬか・・
今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。
声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー

m1347 二合ビン


育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。
結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。
機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、ひかる、今日はオレのおごりだ!、といって、ふらりと入ってきた。
楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。
「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。
漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。
良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。
二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。
そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。

m1346 殺すしかないさー


いわれたとおり水をかけると、確かに寒いのか、泣き止まる、がしかし、30分もするとまた泣き始まる。
30分おきに水をかけ通したが、人間の体が持たない。
オスのヤギのいるところ知っているので、連れてこようか、というと、奥さんは即座にブルルン、ブルルン、ブルルンと、首を横に振る。
これ以上ヤギが増えたらどうなる、よほど懲りたと見える。
「仕方ないさー、殺すしかないさー」
この後に及んでは、高山夫婦も従うしかない。
しかし、ヤギを殺せる人はそういない。
3人ほど名前を挙げてもらい、頼みに行くと、勘弁してくれとのことだという。
そこでまた育造爺ジイーは、最後の頼みで、ひかるのところへ行けといったとい。
確かに子供の頃、ヤギは食用に飼育していたので、殺した経験はあるが、いまさら殺傷は嫌だ。
あまりの困惑顔に、ひかるの方で3名のうちの一人に、泡盛をしたたか飲ませ、人助けだから、と頼むと、なんとか殺すことに同意した。
ヤギの泣き声が止まった時、うわさが出る。
誰が殺したのか? たぶん殺し屋ナンバーワン男はアイツだろう・・
田舎暮らし、意外と見落としがちなのは、ベッドによるトラブルだ。
去勢する動物病院が、田舎や島にはない場合が多い。
犬を飼っている家があるが、やはりオスやメスだけでは、問題が出る。
かなり凶暴で、誰それが噛まれ、誰それが、噛まれる直前まで行ったという話を聞く。
観光客には、子供連れもいる。子供が、そのような犬に噛まれたら、と考えるとゾッとする。
田舎暮らしを計画している人が居たら、厳重な注意が必要だ。
殺し屋は、そう簡単には見つからないぞ!